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漆黒の瞳 #1 side H ~ Hiroyuki Iwasaki ~
『葉祐君はね...瞳の色がとても綺麗なの。真っ黒なんだけど、ただの黒じゃないんだよ。』
『へぇ~キラキラした瞳なの?』
『う~ん...瞳も綺麗なんだけど...黒がね...本当に綺麗なの...』
『黒?無彩色で綺麗?想像出来ないなぁ。』
『見せてあげられたら良いのになぁ...本当にとても綺麗なんたよ!僕...葉祐君の瞳が大好きなの。』
『綺麗だから?冬真は美しい物を愛でることに長けているもんなぁ。』
『ううん。あの瞳の色は...生...そのものだから…だからね...僕も頑張って生きようって...思えるの。』
生命感溢れる、躍動的な漆黒の瞳。
本当だな...冬真...
今ならあの時、君が言いたかったこと...よくわかるよ。本当に綺麗な黒だな。真っ黒なのに艶がある...この色は...『漆黒』って言うんだよ。
あっ...ごめん。画家になった君は...そんなこと...とっくに知っているよな…
「はたして...本当にそうでしょうか?」
子供の頃の冬真が、綺麗だと、『生』そのものだと教えてくれた真っ直ぐな瞳が私を見つめていた。
「えっ?」
「今、確実に分かっていることは、あなたはお忙しい身なのにもかかわらず、冬真のためにここにいる。そして...彼を笑顔にさせるため、今夜はここに泊まる。それは...冬真を愛しているから。それだけで充分ではないですか?あとは、それをどう伝えるかだけです。確かに、冬真の子供時代は不憫な物です。でも...それは過去です。可哀想なことをしてしまったのなら、これから取り返せばいいじゃないですか?俺は冬真が諦めてしまったもの、諦めて来なければならなかったものを、一緒に取り返そうとしています。言わば、普通なら子供時代に経験したことを、今、一緒に経験するようにしています。映画館に映画を観に行ったり、この前は海に入りました。ただ、足を浸しただけ。それだけでも、とても喜んで、なかなか上がってくれませんでした。今度の休みの日は、水族館に行くことになっています。初めて見るイルカのショーを、少し前からとても楽しみにしています。子供時代にしてあげられなかったのなら、今してあげれば良いだけですよ。冬真にとってあなたは、ゲームを一緒にしてくれる、楽しい時間を与えてくれる優しい存在です。ふらりとやって来てゲームをしてくれる。そして、誰に臆することなく、あなたを独占することが出来る。肉親との関係が希薄な冬真には、これほど嬉しいことはないと思いますよ。」
彼はスパークリングワインを一口含むと、また続けて言う。
「それに...この世に他の誰でもない、自分だけが救ってやれる、幸せにしてあげられる存在がいるって...とても幸せなことだと思うんです。だって...何十億って人間がいるのに、絶対に俺じゃないとダメって...スゴい奇蹟だと思いませんか?冬真は生きているだけでも精一杯でした。それでも『死』を選ばなかったのは、ご両親のことがあったからだと思います。ただでさえ苦しくて仕方ないのに、『苦しい』と声をあげることすら諦める...生きるために自己肯定と引き換えに、たくさんのものを諦め続けて...自分の色を無くして...どんどん透明になって...また苦しくなって...自分の存在理由に疑問ばかりが残り、それが血液の様に彼の全身に巡ってしまって...ますます苦しくなる。そんな冬真を心穏やかに『生』に引き寄せられるのは、俺だけだって、俺も俺の両親も充分、分かっているんです。だから...あなたは俺に引け目を感じることなんてないんです。引け目を感じるぐらいなら、年に一度で構いません。こちらには来て、本来の冬真と触れ合ってください。意外な一面が見えて、かなり驚くと思いますよ。今日のように、大したもてなしは出来ないですけどね。いつでも大歓迎です!!」
「海野君...」
「それに...こうしてスパークリングワインを開けられるのって、俺にとっては一大事なんです。」
「一大事?」
「はい。ワインならとっておけるけど、スパークリングは.飲みたいと思っても、とっておけないし、勇気がないと開けられないんです。」
「そうなの?」
「はい。冬真に見つかると面倒なんです。すぐ寝ちゃうクセに飲みたがる。で、飲んだらすぐに寝ちゃって、落ち込んで、不機嫌コースまっしぐら。不機嫌なの丸わかりなのに、本人は不機嫌じゃないと言い張る...かなり面倒でしょ?」
「えっ?不機嫌?冬真が?」
「冬真も人間ですよ。当たり前です。そういう冬真を知ってください。それが冬真の気持ちを楽にしてやるんです。あっ!岩崎さん、俺の偵察に費やそうとした時間は、あとどれくらいですか?」
「兄から申し渡されたのは全部で五日間。」
「ならば...今日は三日目だから...今日と明日はうちに泊まってください。今日は俺の服貸しますけど、明日どこかで買って、ここに置いて帰ってください。その服が冬真を安心させる材料になります。あなたと冬真は触れあう時間が増え、ここまであなたに付き合ったあなたの側近は自由を得る。誰にとっても良い話ですよね?どう思います?」
「あははは...君が以前勤めていた会社は、君を手放したくなかっただろうなぁ...そのことは本当によく分かるよ。」
「いや、...冬真に関することだから、そう思うのかもしれませんよ。冬真って、そう思わせる魅力があるんです。その魅力の前に、俺はいつでも白旗です。」
『生』の象徴がこちらに屈託なく微笑んだ。この人に...この笑顔に毎日触れているのならば...冬真はこの上なく、幸せで穏やかに過ごせるだろう...
私は安堵の息をついた。
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