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伯父と甥 #1 side Y

広行氏と杯を交わしながら、様々な話をした。冬真の話、経済の話、最近読んだ本の話など...広行氏の話は本当に面白く、とても有意義な時間となった。 途中、食事兼酒の肴に出したパスタのジェノベーゼを、広行氏はかなり気に入った様だった。 「旨い!これはなかなかの物だなぁ...」 「ありがとうございます。冬真もそのソース大好きなんですよ!白身魚に掛けてやると、喜んで食べてくれます。お客様にもお裾分けで、たまにお配りするんですけど、ありがたいことに好評でして...」 「えっ?君の手作りなの?」 「ええ。知り合いの方で、庭でバジルを栽培されている方がいらして...たくさん頂くもので...」 「店で出せば良いのに...」 「コーヒーは香りが大切ですからね。店では提供しないことにしているんです。」 「君は本当に商売っ気がないんだなぁ...」 「冬真と二人、それ相応の生活が出来れば充分なんで...」 「しかし、このソースをもらった人の中でも、売ってくれればと思っている人がいるはずだよ!」 「また、からかうんですか?」 「いや。本当に。私は最初、どこかのシェフが作ったのかと思ったよ!大量じゃなくても、売るべきだよ!この味を知らない人がたくさんいるのは、非常に残念なことだよ。このソースで得た収入で、冬真に何か買ってやれるかもしれないだろ?絵の道具とかさ。」 「なるほど...それなら考えておきます。」 「君は...本当に冬真のことを一番に考えてくれているんだな...ありがとう...本当に...」 広行氏がそう言うと、リビングに冬真が入って来た。広行氏を見た冬真は、驚愕の表情を残し、すぐに部屋を出て行った。 「どうしたんでしょう...」 「さぁ...私が来たのが...嫌だったんだろうか...」 「それは違うと思いますが...」 しばらくして戻って来た冬真の手中には、少し古ぼけたチェスの箱があった。冬真はそれをテーブルに置くと、またリビングを出て行った。次に戻って来たときは、やっぱり少し古ぼけた将棋の箱を持って来た。どれも見たことがないものばかりだった。 あっ...これはきっと、広行氏がかつて冬真にお土産として持参したものなんだ。楽しかった想い出の品... 何かのきっかけがあって、封印するかの如く、アトリエのどこかにしまい込んだんだ。だから...見たことがないんだ。 冬真がそうする理由は...ただ一つ... 諦めるため... 再度リビングを出て行こうとする冬真を征した。 「待って!冬真!大丈夫だよ。伯父さんは帰ったりしない。今日はうちに泊まっていってくれるんだ。」 冬真は『信じられない』という顔をし、振り返って広行氏を見つめた。広行氏はそんな冬真に、ゆっくりと頷いて見せた。 「なっ。だから、冬真はご飯食べて、早く寝ちゃいな。もう熱は下がったみたいだけど、明日、熱が上がったら、つまらないだろう?せっかく伯父さんが来てくれたんだ。ゲームしたいだろ?今、お粥温めて来るから待ってて。」 俺は着ていたパーカーを脱ぎ、冬真の袖に通し、広行氏の隣に座らせた。広行氏は冬真の額を触り、平熱であることを知らせてくれた。 「まだ...持っててくれたんだ...」 「たかぁ...もの...だかぁ...」 「うん?」 広行氏には、冬真の言葉が分かりづらく、明らかに戸惑っていた。 「『宝物だから』って。」 キッチンからすかさず、助け船を出した。 「そうか...」 そう言うと、広行氏は肘を腿に乗せ、手を組んだ。しばらくの沈黙が続いた。 「なぁ?冬真?」 「な...に...?」 「お前は...どんな時が幸せ?」 「ぼく...よぅすけ...いっしょ...しぁわせ...よぅすけ...いてくぇる...しぁわせ...」 僕...葉祐と一緒にいることが幸せ... 葉祐が一緒にいてくれることが幸せ...か... 子供の時、黙り込んでしまったその問いに、今の冬真は即答した。 「そうか......」 「そぇとね...いま...」 「今?」 「う...ん......おじ...さ...ま?」 「うん?」 「きて...くぇて...あ...りが...と...」 広行氏は静かに俯いた。もしかしたら、泣いているのかもしれない...そう思った。 久々に再会した伯父と甥... 来てくれてありがとう... 甥は伯父にそう言った... 気に掛けながらも、不遇な思いをさせ、寄り添ってやれなかったと後悔する伯父が、許されたと思った瞬間だった。だけど...最初から許すも許さないもないのだ。甥にとっては、ただ...一瞬でも自分を見つめてくれれば、それだけで充分だったのだから... 二人の時間がゆっくりと動き始めた。 年に一度、必ず冬真を東京に連れて行こう。こちらからも広行氏を訪ねよう。帰りに大きな画材屋さんに行って、冬真が欲しがる物を買ってやろう。 キッチンで一人、お粥を温めながら、そんなことを考えていた。

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