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Acquario side Y

ブルーのライトに照らされて、海月をぼんやりと見ている冬真の横顔は... この上なく美しく... そして... 芳しい色気が溢れ落ちていた。 俺は...心の底から祈る。 どうか...この美しい人の美しい瞬間を...誰も見ていませんように... 俺だけが...独占していますように...と... 広行氏の帰京から一週間、俺達は水族館へやって来た。車を降り、冬真を車イスに乗せると、冬真は一つ催促をした。 「あっ!あれね!」 冬真のトートバッグの中から、『海のいきもの』と書かれた小学生向けの図鑑を出してやると、冬真は準備万端とばかりに、それを自分の膝の上に乗せた。この図鑑は、冬真が生まれて初めて水族館へ行くことを知った広行氏が、お土産の代わりにと、三人で出掛けたショッピングモールで買ってくれたものだった。冬真はとても喜び、今日までことあるごとにそれを眺めていた。 「じゃあ、行こうか!」 入場券を購入し、館内に入る直前、冬真が突然深呼吸を一つした。 「緊張してるの?」 「うぅ...ん...」 冬真は否定をした。俺は車イスを押し進め、館内に入った。 あ~ぁ...無理しちゃって... 期待と不安でドキドキしているクセに… 意地になる必要...どこにあるんだよ...全く... でも...そんなところが可愛いんだけど... 車イスを押しながら、そんなことを考えていると、 「よぅすけ...よぅすけ...」 小さい囁きのような冬真の声が聞こえ、左手が俺を探していた。俺はすぐさま、冬真の左側に移動し、視線の高さが合うように屈むと、左手を握った。冬真の手は少し震えていた。まだ完治しない、いつもの手の震えとは違う、恐怖心から来るものだ。きっと、水族館独特のほの暗さに、恐怖心を抱いたに違いない。 「大丈夫!怖くないよ!水族館って、みんなこんな感じだよ。海の中を再現しているだ。明るかったら、魚たちが驚いちゃうだろ?」 「そぅ...だね...」 冬真が怖じ気づいたのは、この一瞬だけで、すぐに目の前に展開される、大パノラマに心を奪われた。 「ぅわ...きぇい......」 うわぁ...綺麗...... 目を輝かせて呟いた冬真の視線の先には、何種類の海の生き物が生息しているのか分からない...もはや水槽とは呼べない...小さな海が存在した。

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