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過保護と自立 #1 side Y
「よぅすけ......おねがい......ある...」
風呂上がり兼、就寝前の水分補給のハーブティを差し出すと、冬真は珍しく伺いを立ててきた。
「何?改まって...」
その真剣な表情に、俺は思わず息を飲んだ。
何か...良からぬことなのだろうか?
しかし、その後に続いた冬真の言葉は、余りにも意外なものだった。
「よぅすけ...ぼく...ならい...ごと...したい...」
「習い事?いいじゃない!何を習いたいの?」
「ぱ...ん......」
「パン?」
「う...ん.....ぼく...パン...つくる...ならいごと...したい...」
「どこで?」
「リハビリ...いっしょ...のがみ...さん...」
「ああ!あの野上さん?」
俺の脳裏に、恐らく60代前半の品のあるご夫妻の笑顔が浮かんだ。
「うん...のがみ...さん...おくさん...のがみ...さんち...」
「野上さんの奥さんが、ご自宅で教えてくれるんだね?野上さんのお宅はどこにあるの?」
「びょういん...ろく...さき...ばすてい...」
「病院から6つ先のバス停の辺りなんだね?」
「ならいごと...いい...?」
「構わないけど、一応、親父にも相談してみないと。」
「な...んで?」
「何でって…送迎頼まなくちゃでしょ?」
「ぼく...ひとり...いく...」
「一人で?」
「う...ん...」
「それはダメ。バス一本で行けるなら未だしも、病院やその先となると駅前で乗り換えだろ?危ないからダメ。」
「だいじょぶ...ぼく...しんちょう...する...おじさん...くるま...ない...へいき...」
「慎重にするって言ったって...交通量の多い所だったらどうするの?」
「ぼく...ごども...ちがう...」
「分かってる。分かってるよ。習い事は賛成!だけど、一人で行くのはダメ。絶対、絶対ダメ!」
「もう...いい......ぼく...もうねる...よぅすけ...きょう...いじわる......いじわる...よぅすけ...ぼく...かなし...」
冬真はリビングから出て行った。悲しくて寂しいオーラを残して...
「あーあ...天の岩戸かぁ...今晩は寝室別々の一人寝かなぁ。寂しいなよぉ...冬真......って、言ってる場合じゃないだろう?電話!電話!」
俺は慌ててスマホを手に取り、一件連絡を入れる。相手は3コールで出る。
「もしもし?」
『おぅ!どうした?』
「悪い...今、平気?」
『ああ。母さんは今、風呂入ってるからな。母さんに聞かれたくない話なら今のうちだぞ!』
「父さんじゃあるまいし...母さんに秘密にしなくちゃいけないことなんて、俺にはないよ。」
『言ってくれるねぇ~じゃあ、お前...冬真との情事...1から10まで母さんに話せる?』
「.........」
『まぁ、冗談はさておき、どうした?』
「冬真がさぁ...」
「冬真がどうかしたのか?」
父さんは慌てて聞き返す。
「天の岩戸......」
『おいおい...どこに閉じ籠ったんだ?』
「多分...和室だと思う。布団敷けなくて...どうしたら良いか分からなくて、途方に暮れて、そのまま寝ちゃうかもしれないからさ...風邪引くと困るし...ちょっと様子を見てくれないかな?」
『それは全然いいんだけどさ。先週のロミオとジュリエットから一転、どうした?何があったんだ?』
「実はさ......」
俺は事の経緯を話し始めた。話を終えると、親父は大きく溜め息をついた。
『お前は本当にバカだなぁ...冬真の気持ちも察してやれよ。まっ、今から行ってやるから。待ってろ!』
親父の家とうちとの距離は、せいぜい歩いて5分程度。普段なら何ともない距離なのに、今日はとても長く感じられた。親父の到着を心待ちにしている自分が、何だか少し情けなくて...でも...親心がとても嬉しくて...ちょっと複雑な気持ちで玄関に立っていた。
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