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過保護と自立 #2 side Y
親父が和室に入って、おおよそ30分が経過しただろうか...隣にある和室の様子が気になって仕方がない俺は、リビングを行ったり来たり......
親父は到着するなり言った。
『葉祐?お前、冬真の気持ち、きちんと察してやってる?』
察してるよ...察してますとも!
『習い事がしたい。』
それは、今までの冬真からは想像出来なかった言葉...
その言葉を聞いて、俺は嬉しかったんだ。冬真の心のベクトルが、ちゃんと『生』に向かっていて...生きることを楽しもうとしている。生きることを半ば放棄したような、ただ生かされているだけみたいな生活をしていた冬真が、自分の意思で習い事がしたいと言ったんだ。俺だって、快く二つ返事で送り出してあげたい。本当は一人で通いたいっていう自立心も応援してやりたい。でも...一人で通うには、あまりにも距離がありすぎる...
途中で具合が悪くなって、うずくまって動けなくなったら?
言葉だって、まだ日によって上手く出たり、出なかったりなのに?
善人の仮面を付けた悪人に言葉巧みに騙されて...また事件に巻き込まれたりして...取り返しがつかなくなったら?
過保護と言われようが、独占欲全開と笑われようが、ここは譲れない!絶対に!
カチャと音がして、振り向けば、親父がリビングに入って来た。
「あっ...お疲れ...どぉ?様子は?」
「お前の言う通り、掛け布団は出せたみたいだけど、敷き布団が出せなかったみたいだな。掛け布団にくるまって、壁際にもたれて寝ようとしていたよ。」
「そっか......ありがとう。助かったよ。ビールでいい?」
「ああ。」
互いに注ぎあって、二人してグラスを一気に空けた。
「冬真...何か言ってた?」
「いや...ただ...『ごめんなさい』だけ。」
「そっか......もう寝たの?」
「いや。多分まだだと思う。お前さ...冬真の気持ち...ちゃんと分かってやってる?」
「もちろん分かってるよ。自立したいって気持ちは分かるし、応援してやりたいけど...今の冬真が一人で行動するには、距離がありすぎるよ。途中で具合が悪くなったり、事件や事故に巻き込まれでもしたら、取り返しがつかないだろ?」
「お前、やっぱり分かってないな。」
「えっ?」
「そりゃ確かに、ちょっとは一人で行ってみたいと思ったかもしれない。だけど...冬真自身も不安だらけで、一人で通うのは、きっと無理だって分かってる。でも、言わなくちゃならなかったんだ。」
「何で?何でそんなワケの分からないことするんだよ?」
「お前、本当にバカだな...冬真さ、俺を気遣ったんだよ。俺のためにそんな矛盾したこと言ったの。」
「どうして?」
「病院の送迎をさせていること、ずっと申し訳ないって思っているんだよ。冬真のことだ、多分...自分のせいで、俺の自由を奪っているぐらい思っているのかもしれない。今でも申し訳ないって思っているのに、送迎先がまた一つ増える...冬真の気持ちは複雑だよな。」
「そんなこと...全然考えなくてもいいのに...」
「でも...考えてしまう...それが冬真だろ?」
「うん......」
「でもさ、逆に考えれば、そんな冬真が一人ででも通いたいって思った習い事なんだ。相当やってみたいと思っているんだよ。冬真の気持ちを大事にしつつ、俺の送迎で通わせるられる様に説得してごらん?冬真だって、本当は俺に連れて行ってもらいたいはずだよ。」
「分かった。」
「じゃあ...そばに行ってやんな。俺はこの一本だけ空けたら帰るよ。そのまま寝ちゃってもいいように、キチンと戸締まりしておくからさ。」
「うん。あのさ...」
「何?」
「色々...ありがとう...」
「俺んちには三人の息子がいてさ...」
親父が急に言い出した。俺の驚きもほったらかしで続ける。
「長男は文武両道の、正に非の打ち所がない男でさ。親としてみれば、自慢の息子なんだろうけど、抜け目がないというか、完璧すぎるというか...良い子過ぎて、疲れないのかなと思うことがある。それに引き替え、次男は長男とは全く違うタイプ。見た目はいいのに、バカ正直の隙だらけ、抜け目だらけ。だけど...正義感の強い、面倒見が良いヤツでさ。明るくて、優しくて、礼儀正しいのが取り柄。だからコイツは人の中心にいることが多い人気者。三男はちょっと複雑。二人とは全く違うタイプ。容姿と同様に美しい心の持ち主で、三人の中で一番優しいんだ。優しくて、穏やかで...だけど...心の奥底に、とても熱くて強いものを持ってる。そのせいか、人のために、すぐに自分を犠牲にしてしまうんだ。驚くほど我慢強くて、シャイで、口下手だから、本心がどこにあるのか、ある程度予測をつけて話をしてやらないとダメなんだ。それを誤れば、話が全然違う方向に進みがち。今日の一件は、正にその典型。そうならないためにも、この子と過ごす車中の時間は、俺にとって、親としてこの子を正しく理解してやるために、とても大切なものなんだ。三人三様、色んな個性の子供がいて、俺の人生はとても面白い!特にそばに住む次男と三男は、毎日のように何かが起こる。次男のバカさ加減だったりが事の発端だったり、普段は穏やかな三男が突然、大胆な行動をしてみたり......俺はこの人生を心から楽しんでいる。だから礼を言われることじゃないさ。」
「うん......」
「さっ、早く行ってやんな。」
「うん...おやすみ...父さん...」
「ああ。」
俺はリビングを出て、和室へ向かう。親父に感謝しつつ、もう何年も会っていない兄貴に、少しだけ思いを馳せながら...
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