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伯父と甥 #2 side Y

ダイニングを出て、ロビーへと続く道を二人で歩いた。行きとは違い、冬真はいつものペースでゆっくりと進む。 早くしないと...正文氏に叱られる... さっきはそう考えていたのだろうか... 冬真は小さい時から、あんな風に言われ続けていたのだろうか... 冬真に自己肯定感がほとんどないのは...そのせいなんだろうか... 「冬真!」 後を追いかけて来た広行氏が、冬真を呼び止めた。肉親同士、部外者には聞かれたくないこともあるだろうと俺はその場を離れ、少し先で待つことにした。二人は言葉を交わし、途中、広行氏が驚愕の表情をした。しかし、すぐに笑顔になり、冬真の頭を撫で、ハグをした。そして俺に一礼し、ダイニングの方へ戻って行った。 「よぅすけ......」 あんな酷い言葉を投げ付けられたのに、意外にも冬真は、穏やかな表情で俺を呼んだ。 「うん?」 「すいて...ない...?おなか...」 そばに戻った俺を気遣ってそう尋ねた。あまりにも穏やか過ぎて、先程浴びた罵声も、実は聞き取れていなかったのではと思うぐらいだ。 「大丈夫......あのさ......」 「うん...?」 「ごめんな....伯父さんにあんな失礼なこと言っちゃって...俺のせいで...会えなくなっちゃったな。正文伯父さん...」 「ううん...ねぇ...よぅすけ...」 「うん?」 「はなし...しよ...すこし...」 「そうだね。」 ほどなくロビーに到着し、一番近いソファーに座ると、冬真はそこで小さく息をついた。 「疲れた?」 「すこし...」 「あのさ...」 「おじさまはね...かなし...さびし...の...」 「悲しくて寂しい?」 「ぅ...ん...かなし...さびし...どうしたら...いいか...わからない...だから...ぼくに...いじわる...いう...」 「う~ん...よく分かんないや...悲しくて寂しいと何故、冬真に冷たくあたるの?」 「おじさま...おかあさま...かわい...たいせつ...いもうと...でも...おかあさま...とうさん...かけおち...」 「うん。」 「おじさま...おもう...おかあさま...うらぎられた...」 そっか... 正文氏は一周り年下の妹、弥生さんをとても可愛がっていた。それは溺愛そのもので、それこそ目の中に入れても痛くないほど。弥生さんもまた、正文氏にとてもなついていて、三兄妹の中で自分だけが萱の外だったと、以前、広行氏が話してくれた。仲良し兄妹...しかし、妹は突然、兄に何も告げずに家を出る...どんなにショックだっただろう。それを駆け落ちだと知った時の兄の落胆ぶりといったら、想像するに忍びない。妹もまた、仲良しの兄だからこそ、何も言えなかったのかもしれない... 正文氏の気持ちも分かる。だからと言って、冬真への仕打ちは見当違いだ。 「でもさ...何であそこまで言われなくちゃならないの?俺...悔しいよ......」 「まさふみ...おじさま...ほんしん...ちがう...ぼく...きらい...ほうりだす...でも...ぼく...みる...おかあさま...とうさん...おもいだす...かなし...さびし...ぼくに...いじわる...」 「でも...でもさ...納得いかないよ!そんなのただの八つ当たりじゃないか!」 「ぼくのそば...よぅすけ...いる...ぼく...しあわせ...まさふみ...おじさまの...かなしみ...わかる...だれも...いない...それに...」 「それに?」 「ぼくの...かぞく...とうさん...おかあさま...もう...あやまれない...ぼく...むすこ...りょうしんのつみ...ひきつぐ...あたりまえ...」 冬真はちょっと寂しそうに、だけど...穏やかに微笑んだ... 親父は言った。 冬真は穏やかで...優しい。 だけど...その内はとても熱くて、強いものを秘めていて... 信じられないぐらい我慢強く、人のために自己犠牲をもいとわない... なんだ...そうだったのか...全てが繋がったよ... 疎遠になるには...理由があって... 冬真が当初、食事会にNOを出したのは、正文氏を気遣ったため。自分の姿を見せると、伯父が悲しい記憶を呼び覚ましてしまうと考えたから... 正文氏の罵倒を俯くことなく黙って聞いていたのは、もう謝ることが出来ない両親に代わって、正文氏を傷つけてしまった罪滅ぼしをしているから... あんな酷い罵倒...普通なら堪えきれないだろう... だけど...あれは正文氏の本心ではないと冬真は言う。 確かに言われてみればそうだ。冬真を岩崎の人間ではないと本当に考えているのなら、遺産で与えられた不動産を将来的に困らないようにと運用してくれるワケがない。冬真を見ると悲しい記憶が呼び戻され、いけないと分かっていても、戸惑い、冷たくあたってしまう正文氏... それを両親が犯した罪の代償と受け入れる冬真... いつから...いつから...そんな風に考えていたの...? 本当にそれで良いのだろうか... 冬真は本当に傷つかないのか? 「冬真...本当に平気なのか?お前は本当に...傷つかないのか?」 「ぼく...よぅすけ...そばにいる...だから...だいじょぶ...だけど...きょうは......すこし...つらい...」 冬真はここで初めて俯いた... 「なぁ?冬真?」 「ぅん...?」 「今夜は...お前を抱いてもいい?」 「えっ?」 「ああ...その...俺の欲望ってことじゃなくてさ...何て言うのかな...お前を俺で満たしたいんだ...お前を俺でいっぱいにしてさ...俺がそばにいるから大丈夫って思わせたいんだ。何か上手く言えないんだけどさ...ダメ...かな?」 「ぅうん...だめ...ちがう...ぼくのぜんぶ...よぅすけで...いっぱい...して...」 俯いたまま...冬真はそう返事をした... その顔は...苺のように真っ赤で、何とも可愛らしいものだった。

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