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お星様の魔法 #1 side Y
翌日の午前中、両親の家へ出向くと、玄関先で俺を出迎えた冬真は、顔色も良く、随分と晴れやかな表情だった。
それにしても、母さんが言っていた願い事って、一体何なのだろう?何度聞いてもはぐらかされ、とうとう分からずじまいで、今ここに立っている。
「おはよう!冬真!どぉ?調子は?」
「だ...い......じょ......」
「そっか。楽しかった?」
「ぅ...ん...」
「冬真!ほらっ!忘れてる!」
母さんが冬真のダッフルコートとマフラー、そしてトートバッグを手に、玄関にやって来た。
「あら?葉祐!随分早かったわね?冬真がいなくて、寂しくて寂しくて仕方なかったんでしょ?」
母さんが冬真にダッフルコートを着せ、首にマフラーを巻きながら、からかうように言った。
「冬真?具合は平気?大丈夫?念のため、葉祐におんぶしてもらうのよ。」
「ぅ...ん...」
「とにかく、家に帰ったら休みなさい。分かった?今日、お出かけは絶対ダメよ。お出かけするなら明日以降...いい?」
「ぇ…」
「うふふ...気持ちは分かるけどね。また熱が上がったら、元も子もないでしょ?ねっ?」
「......」
「何?お出掛けって?」
「あんたは知らなくていいの。明日以降、冬真の調子が良くて、どこか出掛けたがったら連れて行ってあげてよね。」
「ちぇっ。何だよ!それはそうと父さんは?」
「お...とう....さん...のざ...き...さん...」
「えっ?」
冬真が親父のことを『お父さん』と呼んだ。それは、これまでの生活の中で、初めてのことだった。驚く俺をよそに、母さんはしたり顔だ。
「そうよね!お父さんは野崎さんのお宅に行ったのよね?」
「何で野崎さんち?」
「奥様お一人、ご主人連れてじゃ買い物も大変でしょ?今頃お父さん、野崎さんのご主人と将棋でも差してるんじゃないかしら?冬真も葉祐もお世話になってることだし...こういうときにお役に立たないとね。」
「そうなんだ...ありがとう。本当に恩に着るよ...」
「お...か...あ...さん?」
親父のことだけでなく、母さんのことも『お母さん』と呼んだ。昨日今日で一体何があったのだろうか...
「うん?」
「あ......あ......」
冬真から上手く言葉が出てこなくなった。
「あら!あれも忘れてたわね!ちょっと...待っててね!」
母さんは一旦、玄関先から消え、小さなジャムの空き瓶を片手に戻って来た。空き瓶の中には、半分位の高さまで金平糖が入っていた。
「はい。口開けて。」
冬真は言われるがまま口を開け、母さんは金平糖を一粒、冬真の口の中にポンっと入れた。冬真はそれを確かめるように、ゆっくりと舐めた。
「焦らないでね。ゆっくりで良いのよ。」
「おしょ...が.........たの...」
「そうね!お正月楽しみね!冬真もそれまで体調、万全にしておいてね!」
「あ...」
「さっ。早く帰って、ゆっくり休みなさい。」
母さんは瓶をトートバッグの中に入れた。俺は屈んで冬真を背負う。そして、堪らず母さんに尋ねる。
「なぁ?母さん?」
「うん?」
「一体...何があったの?それに...あの金平糖は?」
「う~ん......そうねぇ…言うなれば『お母さんと甘いお星様の魔法』ってところかしらね。あら!でも、お父さんに怒られちゃうわね。俺だって活躍したのにって...」
母さんはそう言いながら、再度したり顔をした。
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