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年末の出来事 #2 side Y
自宅までの帰り道、俺の背中で揺られる冬真は、覗きこむようにして俺を見つめた。
「何?」
「ねぇ...よぅすけ...?ぼく...いない...さびし...った...?」
「そりゃあ...もちろん。」
「ごめん...」
「大丈夫!気にすんな。」
「ぅん......」
「冬真の言葉が声がまた聞けた。それだけでも一人寝した甲斐があったよ。」
「ありが...と...」
「でもさ、一体何だったの?母さんの手伝いって...」
「まだ...ないしょ...おかあさん...いっちゃ...だめ...いった...こんど...おてつだい...いったら...おしえる...いい...いった...」
「えっ?また行くの?」
「ぅん...こんど...あさって...おとまり...しない......おかあさん...いそがし...とうま...いてくれる...たすかる...いった...よぅすけ...とうまいない...みせのそうじ...しなさい...いいなさい...いった...」
「ちぇっ!何だ?それ...」
「ねぇ...よぅすけ...?」
「うん?」
「おろして......」
希望通り背中から下ろすと、冬真はトートバッグの中を物色し始めた。チラリと覗くと、見慣れた物の他に、先程の金平糖が入った瓶と白い毛糸玉とかぎ針が見えた。それらは入れた覚えもない、見慣れない物だった。そのかぎ針の先には、白い毛糸と作りかけの何かが繋がっていた。
俺の実家で過ごした一晩で、一体何があったのだろう...たった一晩なのに、冬真は劇的に変化している。二人の伯父との食事会以来、なかなか紡ぎ出せずにいた言葉を出せるようになっていたり、親父と母さんを『お父さんお母さん』と呼ぶようになっていたり、それに…この見慣れない物は何なのか?お星様の魔法って?母さんの手伝いって?
聞きたいことが山のようにあった。しかし、俺の疑問に冬真が全てに答えるのは土台無理な話だ。無理をさせて聞き出したところで、冬真の負担になるのは本意ではない。冬真はこの一晩をとても楽しく、穏やかに過ごした。それは間違いない。顔を見れば分かる。それだけでも充分だ。だったら...冬真が話したいことを話せば良い...
だけど...冬真の口から出た言葉は、想像を遥かに超えていた。
「よぅすけ...ぼく...おとうさん...きゃんぷした...」
「えっ?キャンプ?!どこで?!」
「りびんぐ...」
「リビング?家の?」
「ぅん...ねるじかん...おとうさん...いった...『とうま...きゃんぷ...するぞ』...おとうさん...ねぶくろ...もってきた...ぼく...ねぶくろ...ねる...はじめて...うれし...おかあさん...ぼくみて...いう...『とうま...まとりょ...か…みたい...』」
「まとりょ…か?あぁ...マトリョーシカ?」
「ぅん...おとうさん...おかあさん...わらう...ぼく...わらう...」
「あははは。何だか想像出来るよ!」
「ねぶくろ...たのし...わくわく...ねむれない...」
「初めての寝袋にワクワクして眠れなかったんだ。」
「ぅん...おとうさん...いった...『いつか...ほんもの...きゃんぷ...みんなでいく...だから...はやくねて...はやく...げんきに...なりなさい』...ぼく...うれし...」
そっか...このリビングキャンプは、親父流の冬真の励まし方。いつでも無鉄砲感が否めなくて、突拍子もないやり方だけど、冬真が喜ぶように緻密に計算されている。
スゲーなぁ...やっぱり勝てないや...
「よぅすけ...?」
「あっ......えっ?」
「ごめん...」
「えっ?何で?」
「よぅすけ...かなし...とき...ぼく...ねぶくろ...たのし...で...」
「あぁ...いや...大丈夫だよ。冬真が楽しかったら、俺も嬉しいよ。」
「ほんと...?でも...ぼんやり...さびしそう...」
「違うよ!親父も面白いこと考えるもんだなぁ...って思ってさ。うちでもやる?リビングキャンプ?」
「いいの?」
「明日、寝袋見に行こうよ!冬真もどこか行きたい場所があるんだろ?」
「ぅん...」
「どこ?」
「すーぱー...」
「えっ?スーパー?スーパーで良いの?」
「だって...れいぞうこ...ほとんど...がらがら...」
「あっ!」
食事会と冬真の発熱騒ぎで、全然買い出しに行ってない...
「そうだなぁ…じゃあ、正月用の物も一緒に買い出しに行くか!それと、寝袋もね!」
「ぅん。」
「あっ...でも...」
「ぼく...きょう...いちにち...ゆっくり...おかあさん...やくそく...」
そう言って、今まで見たことないぐらい、冬真はニッコリと微笑んだ。
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