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新年の出来事 #2 side Y

「本当にあどけない寝顔ね......いつも思うけど、こうして見ていると、30手前には全然見えないわよね。ねぇ...お茶淹れたけど飲む?」 「うん...ありがとう。」 盃一杯にも満たないお屠蘇ですっかり酔い、リビングの奥にある和室で眠る冬真の寝顔を、母さんと二人まじまじと見つめた。 「お茶、こっちに持ってくる?」 「いいよ。ダイニングで。」 「そうね。冬真の寝顔はずっと見てられるけど、お父さんのはね...」 母さんが冗談ぽく笑いながら言った。新年の祝酒に酔いしれた親父も、冬真の隣で眠っていた。 「はい。どうぞ。」 テーブルに置かれた湯のみから立ちのぼる湯気を見て、ふと数時間の前のことを思い出した。 冬真が自宅を出発した1時間後、実家を訪ねた。ダイニングテーブルにはおせち料理をはじめ、新年に相応しい豪華な料理が並べられていた。そこには、お預けを食らった仔犬のような表情の親父が座っていた。 「よっ!明けましておめでとう!今年もよろしくなっ!あーやっと飲めるよ~母さん!!」 「明けましておめでとうございます。すごいゴージャスだね!うちの正月ってこんなんだったっけ?」 「今年は特別さ!なぁ?母さん?」 「ええ!さぁ、葉祐!早く席について!早く乾杯して頂きましょう!冬真も早くいらっしゃい!」 母さんがお盆を持ってキッチンから出てきた。冬真も母さんに続く。お盆の上には三つのお椀と一つのスープマグが乗せられていた。中身は子供の頃から慣れ親しんだ我が家の雑煮だった。ここしばらく食していないその味を、何となく懐かしく感じた。 「懐かしいな~うちの雑煮。最後に食べたのはいつだったかな。」 「そうね...ここ数年、お正月はお兄ちゃんの家だったし...本当に久々、うちのお雑煮。でも、このお雑煮、お母さんが作ったんじゃないのよ。」 「えっ?じゃあ...誰が?」 「冬真よ。」 「冬真が?どうして...?」 「冬真にうちの味を知ってもらいたくて、おせち作るの手伝ってもらったの。せっかく縁あって、私達の子になったんだもの。うちの味を知ってもらいたいじゃない?おせちやお雑煮なんて、家庭の味の代表格でしょ?良い機会だと思ったの。」 「じゃあ...毎日のようにしていた手伝って...」 「そう、これよ。今日はお雑煮を手伝ってもらおう考えてたんだけど、冬真が『自分で作りたい』って言い出して...冬真用に小さくお餅を切るのは、危険だからお母さんがやったけど、それ以外は冬真が全部やったの。お母さんは横から教えただけ。お出汁も昨日、冬真が取ってくれたのよ。」 「本当に?」 「ええ。お雑煮だけじゃなく、他のお料理も一生懸命手伝ってくれたの。だから皆、心して食べなさい。」 毎日いそいそと実家に出掛けていたのは... このためだったんだ... 抱きしめたい... 今すぐこの腕の中に冬真を収めたい... それができない今が... 本当にもどかしい... 「さっ、早く乾杯しようぜ。もう我慢できないよ!」 親父が子供のようなことを言い出して、何とか我に返ることが出来た。今は疚しい気持ちを抑え、冬真が一生懸命作ってくれた料理を堪能しよう。 親父が新年の挨拶をした後、乾杯をし、冬真以外の全員が一斉に雑煮を手に取り食した。そんな皆の様子を、冬真は固唾を飲んで見つめていた。 「うめぇ~何だこれ!うちの雑煮と変わらないのに...何だかスゲー旨い!」 「あら!本当!作り方も材料も変わらないはずなのに...どうしてかしら?」 「本当に美味しいよ!冬真...ありがとう。」 冬真は恥ずかしいのか、頬を朱に染めていた。 「さっ、冬真も食べな。餅だから気を付けて!ゆっくり食べるんだぞ。」 冬真が小さい、本当に小さい餅を口に入れた。咀嚼をし飲み込んだ後、小さく呟いた。 「おいし...い...」 そして...その時の冬真の晴れやかな表情を... 俺はきっと忘れないだろう...

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