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彼のため #2 side Y
そんな顔するなよ...
そんな...寂しそうな顔されたら...
気持ち...揺らいじゃうよ。
本当...ごめん。
お前にとっては...
とても大切な約束だったんだ。
破っちゃって...ごめん。
許してな...これも...お前のためなんだよ...
「えっ...?」
冬真は思わず言葉を無くした。
なぜなら...
守られるはずの約束が、守られないと知ったから。
カフェの休業日と冬真の通院が重なる日は、病院の送迎は親父でなく俺がする。それは冬真の希望であり、二人の約束になっていた。冬真はカレンダーに丸をつけ、その日を何日も前から楽しみにしていた。だからと言って、特段何をするわけでもない。どこかに寄って買い物をするときもあれば、真っ直ぐ帰宅する日もある。どちらかと言えば、後者の方が断然多い。それでも冬真はどこか嬉しそうだった。冬真が何故それを待ち遠しく思うのか、正直分からなかった。今日はその約束を果たせないと伝えると、冬真の表情は一気に曇った。
「きょう......ようすけ...ちがうの?」
「うん...午前中に一つ急な仕事が入っちゃってさ、先方が何時に来るのかわからないんだよ。ごめんな...約束、守れなくて...」
「ううん......だいじょ...ぶ...しごと...しかたない...」
大丈夫...そう言いつつも、冬真はかなりがっかりしていて、罪悪感だけが増々大きくなる。それを振り払うように、俺は努めて明るく言う。
「ありがとう。冬真もリハビリ頑張って!今日から新しい訓練始まるんだろ?」
「うん......」
「初めてのことだからさ、少しでも調子悪いなと思ったら、すぐに休ませてもらうんだぞ。」
「うん...」
玄関の呼び鈴が鳴った。
この時間の呼び鈴は、親父が迎えに来たことを知らせていた。
「ほら、親父が迎えに来たよ。外まで送ってあげるよ...元気に行っておいで。」
マフラーを巻いてやりながら、そう言うと、
「いって...きま...す...」
やっぱり、寂しそうに冬真は返した。
車に乗り込んでも、冬真は何か言いたげだった。ずっと俺を見つめ、何かを伝えようと、口を開きかけては辞める仕草を何度も繰り返した。あまりの切なさに、『やっぱり...俺が送っていくよ。』と思わず言いたくなってしまうほど...
それは...車が走り出し、姿が見えなくなるまで続いた。
「ごめん......」
車が走り去った方向に頭を垂れた。
急に入った仕事...
これは嘘。
正直に話せば、あんな寂しい想いをさせずに済んだかも知れない...
だけど...
話してしまったら何の意味もない。
お前を喜ばせたい...そのための嘘なんだ。
帰って来たら...喜ぶはずだから......多分。
感傷に浸っている暇はない。今朝までにやっておくように言われたことがある。今日のために、冬真に分からないように着々と進めておいたけれど...あともう一仕事残っている。
俺はいそいそと家の中に戻った。
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