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儚い人 #3 side Y
「よぅすけ...」
天城先生が我が家を辞して一時間ほど経過した頃、冬真は目を覚ました。
「どぉ?調子は?」
「うん...だいじょ...ぶ...」
水を一口飲ませようと抱き起こし、背中とベッドの間に枕を差し込んだ。冬真は水を飲んだ後、『ふぅ』と小さく息を吐いた。
「ねぇ、冬真?」
「うん?」
「新しいリハビリメニュー、相当頑張ったんだな。たくさん書いたんだろう?エライ!エライ!」
そう言いながら、冬真の頭を撫でた。
「ど...どう...して?」
驚きに揺れる瞳が愛らしい。
「ほら?」
天城先生がしたように、俺も冬真に彼の右手小指側の側面を見せた。
「でも......ぜんぜん...うまく...かけない...きくの...ぜんぜん...わから...ない......」
冬真は悲しそうに言った。
「最初から上手くいくはずないよ。だったら、リハビリしなくても良いはずだろう?冬真は頑張り屋さんだから...そのうち絶対開花するよ!」
「そ...う...かな...」
「無理して短期間でやっても、長期的に少しずつをたくさん積み重ねていっても、結果は一緒だろう?ゴールは同じなんだから。だったら、無理することないさ。少しずつで良い。慌てることも焦ることもない。俺達は今までそうやって頑張って来ただろう?」
「うん......」
「俺達は俺達なりのやり方で良いんだ。これからも一緒にゆっくり頑張ろう。だけど...今日は何が何でも冬真のそばにいてやらなくちゃだったなぁ...失敗。本当ごめんな。」
冬真は首を横に振る。
「今度からはさ、どんなに小さいことでも良いから、教えてもらえると助かるんだけど...いい?」
「...うん.......」
「それと...俺...もう一つ、ごめんなさいがあるんだ。今日、急に仕事になったって言っただろう?あれ...実は嘘なんだ。」
「えっ?」
「本当はね、冬真の誕生日プレゼントの準備してた。だから...行けなかったんだ。まだ未完成だけど、もし、体調が良かったら見に行かない?プレゼント...キッチンにあるんだ。」
「いいの?」
「もちろん!カレーにも関係するから...喜んでもらえると思うんだけど...どぉ?行ってみる?」
「うん......」
「よし!」
冬真を横抱きにし、キッチンへ移動する。キッチンに到着すると、冬真を腕から降ろした。視界広がったキッチンを見て、冬真は絶句した。
「えっ?ど...どうし...たの?」
がらんとしつつも、騒然と散らかっているキッチンを見て、冬真は混乱していた。
「勝手にごめんな。前々から考えていてんだ...キッチンのリフォーム。冬真、最近パン作りや料理も段々上手になってるだろう?だから、どうしても冬真が使いやすいキッチンに変えたくてさ。時期も時期だし、冬真への誕生日プレゼントにしたくてさ。そうしたら、工事がどうしても今日になっちゃって...今日で大体大きな工事は終わってるけど、明日も工事が残ってるんだ。俺は立ち会えないから、明日は冬真が立ち会ってくれる?あとは、IHクッキングヒーターとそれにスゴいんだぜ!ヒーターの下にはビルトインのオーブンが入る予定なんだ。それだけだから、そんな時間もかからないと思う。いいかな?」
「うん......ぼく...うれし...でも......」
「このプレゼント...全部俺からって言いたいけど、正直に話すと、俺が当初考えていたのは、レンジフードとIHクッキングヒーターだけだったんだ。それを広行さんの会社に依頼すべく連絡したら、広行さんがパン作りにはビルトインのオーブンの方が何かと便利だろうからって...オーブンをプレゼントしたいって言い出してね。そうしたら、今度はその話を聞いた正文さんが、どうせならキッチンまるごと、冬真が使いやすい物に変えたらどうだって。正文さんが残りの物をプレゼントするって言い出して...俺...一度は二人に断りを入れたんだよ。話が大きくなり過ぎてるしさ。でも、正文さんが今までのお詫びも兼ねてプレゼントしたいって。」
「おじ...さま...が...?」
「うん。許してもらえるとは思わないけど...せめてもの謝罪の気持ちと...何よりも冬真の誕生日を祝いたいって。そのキッチンで美味しい物たくさん作って、食べて、元気になって...たくさん笑って、幸せに過ごして欲しいって。だから、俺...二人のご厚意を受けることにした。正文さんの気持ち...大切にしてあげたくてさ。このキッチンは俺と正文さんと広行さん、三人からのプレゼント!まぁ...分配にスゲー偏りがあるけどね。正文さんの望み通り、二人でこのキッチンで美味しい物たくさん作って、食べて、二人で幸せになろう...なぁ、冬真?」
「...うん...」
冬真は目はもうすでに、たくさんの涙を溜めていて...その美しい涙は、いつ流れ落ちても不思議ではないほどだった。
俺は堪らず冬真を腕の中に閉じ込めた。
「ずっと...いっしょ...いて...」
冬真は俺の耳元で、小さい...本当に小さい儚い声で囁くように言った。俺は冬真を一度腕の中から開放し、彼の涙を拭いながら言う。
「もちろん!!」
そして今度は...どちらからともなく...
唇を重ねた。
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