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太陽と月 #1 side R ~Ryoko Umino ~

子供の頃から前向きで、真っ直ぐで、天真爛漫を絵に描いたような子だった。彼がいるだけで家族全員が笑顔になった。 葉祐は太陽みたい 我が子ながら何度もそう思った。 そんな葉祐に対して、冬真は月。いつでも『静』を身に纏い、控え目ながら美と気品と優しさを持ち合わせ、ただそこに存在しているだけで、儚くも美しい。一時的にせよ、月を手放した太陽は、こんなにも悲しいものなのだろうか?私はこの数日、頭の片隅でそんなことを考えていた。 お父さんがメールを残し、冬真を連れて家を出てから今日で4日が経過していた。毎日、携帯にかけてはいるが、電源をOFFにしているのか、1度も繋がることはなく、何度も同じ音声テープが流れるばかり。 冬真がいなくなったその日、葉祐はパニックに陥った。それは初めて見る我が子の姿だった。日が経つにつれ、落ち着きを取り戻していく。しかし、それと引き換えに徐々にやつれていき、今では側にいてやらないと非常に危うい状態だ。だから、二人が消えたその日から、私は葉祐の自宅に泊まり込む。寝食を共にし、店に行き、働き、帰る。家でもなるべく側にいた。別々なのは、トイレとお風呂と寝る時ぐらい。 お父さんが何故、冬真を突然連れ出したのか、何処へ行ったのか、何をしているのか全く分からない。ただ、葉祐は呪文を唱えるように繰り返す。 『俺が悪いんだ...俺が...』 二人の間に何があって、お父さんがどう絡んでくるのか分からないけど、今はお父さんを信じて二人の帰りを待つしかない。 「葉祐?おうどん出来たわよ。温かいうちに食べなさい。」 「うん......」 葉祐は目の前に出されたうどんを虚ろな瞳で見つめていた。 「冬真...ちゃんと...メシ食べてるかな......」 「そんなに心配しなくても大丈夫よ!お父さんのことだもの。何だか訳の分からないことして、冬真はそれに付き合わされて...それでも二人、楽しんでいるんだと思うわよ。冬真の食事の心配より、自分の心配をしないと...」 「うん......」 葉祐は力なく笑った。 何とか食べ始めたうどんも、半分ほど食すのがやっとらしく、 「ごちそうさまでした。」 とまた力なく笑い、器を片付けた。 「母さん...疲れただろ?明日は店休みだから...家に帰ってゆっくりしてよ...」 「でも...」 「俺は...大丈夫...大丈夫だから...」 「分かった。じゃあ...お風呂沸かしてあるから入っちゃいなさい。お前がお風呂から上がったら帰るわ。でも、明日の朝食は一緒に食べましょう。お母さんも一人で食べるのはつまらないから...」 「うん。分かった...」 この森が静かな夜を迎える時間はかなり早い。日が落ちれば、外から聞こえる音はほとんどない。 そんな中、遠くから車の音が聞こえてきた。車は段々こちらに近づいているようだった。葉祐と顔を見合わせた。 冬真! どちらが何を言ったわけではなかったが、葉祐と二人、玄関へ向かった。扉を開け、外へ出てみると、玄関から続く長いスロープの先に、お父さんの車が停まっていた。葉祐は慌てて、靴も履かずに外へ飛び出した。気持ちだけが先走り、体が追い付かないのか、足がもつれ、スロープの途中で大きく転んだ。それでもいち速く冬真の存在を確認したいのか、そのまま四つん這いで進む。その様子を見ていた冬真も、慌てて助手席から飛び出し、葉祐に歩み寄った。そして葉祐を抱きしめた。 「ようすけ...ようすけ...だいじょ...ぶ?」 「ごめん...冬真...ごめん...俺......」 葉祐はそれを言うだけで精一杯で、後は嗚咽に変わる。 「ううん...ううん...ぼくも...ごめん...ね...」 葉祐はただ首を横に降り、冬真の腕の中で泣いていた。そんな葉祐を、冬真は優しく包み込むように抱きしめた。 元気を失った向日葵に、そっと寄り添う白百合の花 傷ついた太陽を優しく労る月 今の二人を形容するならば、こんな感じになるだろう。そして、その白百合は何とも美しく、その月はこの上なく神々しい。 太陽と月 向日葵と白百合 相反する物だからこそ、二人はこんなにも激しく惹かれあうのかもしれない。 ふと、二人の先に立っているお父さんに視線を移した。お父さんはいつになく真剣な表情で、真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。葉祐に似た真っ直ぐな瞳で...その表情で分かる。お父さんはどこへ行って、何をしていたのかは話してくれるだろう。だけど...どうしてそうしたのかは教えてはくれない。言うつもりもない。 なぜならそれは... 葉祐か冬真のどちらかに、何かしらの支障が出るから... 理由を語らないことは...きっと...私のためでもある。 大丈夫。 文芸畑一本だったけど...私は長年、新聞記者の妻だったのよ?守秘義務やニュースソースの取り扱いぐらい弁えてるつもり。 私はあなたを信じてる。だから...何も聞かないわ... その想いを乗せて、私はお父さんに微笑みを送る。その想いが伝わったのか、お父さんは私に深々と頭を下げた。

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