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嫉妬と暴挙と制裁と #4 side S ~ Saito ~
香ちゃんに指定された場所は、いつでも人と音に溢れ返ったS町とは思えないほど、閑静な路地裏にある閉店後のカフェだった。閉店後にも関わらず、店主は快く俺達を店内に招き入れてくれた。BGMに流れてくるピアノの音とマッチした白を基調とした店内は、癒しの空間そのものだ。カフェという場所柄か、冬真君はキョロキョロと店内を見渡していた。
「ようこそ...いらっしゃいませ。」
そう言って、店主はコーヒーを振る舞ってくれる。店主は俺達より少し上の三十代中頃のかなりのイケメンで、適度に鍛えられた体と甘いマスクが印象的な人だった。この店主なら、店主目当ての客も多いはず。
「あのぉ...閉店後に...良かったんですか?」
そう尋ねると、
「ええ。沢井さんとのお約束もこの時間ですから、どうぞお気になさらずに。それより...」
店主は冬真君に視線を移して言う。
「失礼を承知で伺いますが...お客様は岩崎先生ではありませんか?岩崎冬真先生では?」
「はい......」
「ああ。やはり!私は先生の大ファンでして...特に『夢見る森』シリーズが...お目にかかれて本当に光栄です。握手して頂いてもよろしいでしょうか?」
店主は微笑みながら右手を差し出した。その手を見た冬真君は伏し目がちになった。
そっか......手の震え...
上手く握手が出来るかどうか、もしくは相手に不快なイメージを植え付けないかどうか気にしてるんだ...
「「あの...」」
フォローしようと声を発した時、冬真君も同じことを同時に言った。二人で顔を見合せた。俺は「どうぞ」という仕草をした。冬真君は頭を下げて、後を続ける。
「すみませ...ん...すうねん...まえ...じ......」
そこまで言って冬真君は少し黙ってしまう。
事件と言うべきか事故と言うべきか瞬時に悩んでいるのだと分かった。しかし、すぐに続けて言う。
「じこに...あって...うまく...はなせ...ない...し...ての...ふるえも...あります...きっと...へんな...あくしゅ...です...それでも...いい...ですか?」
「ええ。もちろん!どんなことがあっても先生は先生であることは変わらないでしょう?」
店主はそう言って微笑み、二人は握手をした。その時の冬真君は、ずいぶん晴れやかな表情だった。何かが落ちたというか、何かに気が付いたというか...これだけは葉祐に伝えてやろうと思った。もちろん説教の後だけど...
香ちゃんが店に入って来た。
「すみません。お待たせしてしまって...冬真さん!」
香ちゃんは冬真君を見つけるなり、駆け寄って、冬真君にハグをした。帰国子女の香ちゃんには挨拶でも、冬真君には慣れない行為で、冬真君の顔は真っ赤で随分と可愛らしい。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「はい...かおりさん...げんき...ぼく...うれし...」
「ええ。でも......どうして車イスなんですか?」
「それは......」
冬真君はまた黙ってしまった。まさか本当のことは言えない。葉祐に抱き潰されて、足腰が立たないなんて...
「あー今朝転んじゃって、足を少し捻ったんだって。なぁ?冬真君?」
「はい...」
助け船を出してやると、冬真君は安心したように同調した。
「そうでしたか?今日はお一人でいらしたんですか?」
「ようすけの...おとうさん...ふたり...」
「海野さんはいらっしゃらなかったんですか?珍しいですね?お二人別々なんて...」
「四六時中、葉祐と顔付き合わせてんだよ?たまには気分転換したらって俺が誘ったの。」
「そうだったんですか?それならそうと早く知らせて下さいよ。石橋君も会いたかったって、さっき、電話口で随分ガッカリしてましたよ。」
「石橋は出張中だったなぁ。それに香ちゃんも忙しいだろ?結婚の準備で。」
「ええ。でも、大分落ち着きました。冬真さん、本当に結婚式出席してくださるんですか?海野さんに打診したらOK頂いたんですけど、式はこっちですから...お体、ツラくはないかと心配で...」
「だいじょ...ぶ...ぼく...たのしみ...ともだちの...けっこんしき...はじめて...」
そう...冬真君には友達があまりいない。生い立ちや入退院を繰り返した体のせいで。だから友達の結婚式に参列するなんて初めての経験だ。俺達の結婚式にも参列して欲しかったけど...あの頃の冬真君は、呼吸するだけで精一杯。何をするにも全てが無理で、全てが苦痛だっただろう。よくぞここまで回復したものだ。上手く話せない、手の震えなんて気にすることないさ...
感傷に浸りそうになったが、すぐに現実に引き返す。
「ところで、香ちゃん、今日は...」
「あっ、そうでした!ちょっと待って下さい。」
香ちゃんは自身の鞄からパンフレットを数冊出し、テーブルに広げた。それは指輪のパンフレットばかりで、チラリと覗けば、表紙にはどれも『エンゲージリング』の文字が書いてある。
「さぁ!冬真さん!これらを参考にして、こちらの藤原さんにエンゲージリング、もしくはマリッジリング作ってもらいましょう!海野さんは当てになりません!こちら側で事を進めましょ?冬真さん!」
香ちゃんはまた鼻息粗く、そう言い放った。
う~ん......話が見えないよ。香ちゃん...
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