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嫉妬と暴挙と制裁と #5 side S ~Saito ~
香ちゃんは何故か、一人大層な剣幕だった。
「香ちゃん、悪い...俺...イマイチ状況が分かってなくてさ...」
「あっ、すみません。何もご説明してませんでしたね。まずはご紹介からですね。こちらは藤原俊介さん。石橋君のお友達のお兄様で、ジュエリーデザイナー兼カフェのオーナーをされています。私達のマリッジリングも、俊介さんにお願いしているんです。」
香ちゃんが店主を紹介すると、店主、いや藤原さんは
「藤原です。よろしくお願いします。」
と頭を下げた。
「俊介さん、こちらは会社の先輩の斎藤さんと...」
「岩崎さん...岩崎冬真さん。」
香ちゃんの紹介の途中で、藤原さんが言った。
「あれ?冬真さんをご存知なんですか?」
「香さん、岩崎先生は著名な画家ですよ。私は先生の大ファンなんです。N市に出来た先生の作品を展示してあるというカフェに一度訪れたいと考えています。」
「あっ、海野さんのお店ですね。」
「香さんはカフェのオーナーもご存知なんですか?」
「ええ。元会社の先輩で、冬真さんのパートナーです。」
「香ちゃん!」
俺は思わず、大声で香ちゃんを制した。
「斎藤さん、どうぞお気になさらず。仕事柄、様々な形の愛を育むカップルを見ています。私自身、どんなカップルも愛の下、平等だと考えています。しかし...もっと早く香さんに先生のファンだって話せば良かったなぁ。そうしたら先生とも、もっと早くお近づきになれたかもしれないのに...」
「せんせい...やめて...ください...はずかし...です...」
冬真君は恥ずかしそうに俯き加減で呟いた。
「では...私も『冬真さん』でよろしいでしょうか?」
「はい...」
「ありがとうございます。」
「冬真君、大丈夫か?こんなイケメンが冬真君のこと名前で呼んでるなんて知ったら...葉祐のヤツ...」
俺は葉祐の独占欲を心配して冬真君に打診したが、それに返したのは香ちゃんだった。
「海野さんには良い薬です!」
「えっ?」
「海野さんにはガッカリです。冬真さんに対して、独占欲全開のクセに何も形にしていないなんて!そのくせ、冬真さんの優しさに甘えてばかりで!」
一瞬、ドキリとした...香ちゃんが今回の一件を知るはずもない。だが...発言の節々が的を得ているような気がしてならない。
「香ちゃんはさ、何でそんなに葉祐のこと怒ってるの?」
「だって酷いんですよ!海野さん、冬真さんに随分前にプロポーズしたらしいんですけど、そのことを何の形にもしていないんです。『冬真は多分、言葉だけで充分なはず』っておっしゃって。確かに冬真さんは無欲な方ですから、それで良いと思っていらっしゃるとかもしれません。だけど...お二人の様なカップルだからこそ、二人の絆を形にすることが必要なんだと思うんです。それなのに、先日連絡した時もまだ何もしていなくて...そのくせ、冬真さん目当てのお客さんが増えたって愚痴をこぼして...だったら、エンゲージリングでもマリッジリングでも贈れば良いんです!それをつけていれば、冬真さんに変な虫も付きません!つけたところで、別にその相手が海野さんだなんて分からないんですから!せっかくですから、冬真さんの好みのデザインの物を作って、海野さんに分からせましょう!お二人の様なカップルにとって、証そのものが何よりも大切なんだって!その証が心の拠り所になるんだって!残念ですが...お二人の場合、結婚したいと思っても、すぐに出来るワケではないんですから...」
そっか...その手があったか!
確かに香ちゃんの言う通り、指輪をつけていれば、変な虫も付かないだろうし...その指輪の送り主が男性だとも分かるまい。
「うん!そうだよ、冬真君!作ろうよ指輪!そうすれば...」
「ううん......」
俺の言葉を小さな声が遮る。
「ぼく...いらない...」
「冬真君...それさえあれば、開放されるんだぞ?君の悩みからも...葉祐の仕様もない嫉妬心からも...」
「でも...ようすけの...きもち...ない...そこには…」
冬真君はそう言ったきり、また俯いてしまう。あまりにも小さくなったその姿を見て、俺も香ちゃんも言葉を失ってしまった。すると、その様子を見ていた藤原さんが、突然口を開いた。
「それでは冬真さん、あなたのお気持ちを形にされたらいかがでしょう?」
「えっ...?」
「お二人のお気持ちが固いものだったら、マリッジリングを作って、あなたからパートナーの方にプレゼントされてはいかがでしょう?あっ...その話の前に、コーヒーでも淹れましょう。それと、何だか甘いものも口にしたいですね。香さん、大変申し訳ありませんが...表通りのコンビニでチョコレート買って来て頂けませんか?種類も数もお任せします。それと、領収証忘れずに。」
満面の笑みの藤原さんの言葉に戸惑いつつ、香ちゃんはコンビニへと出掛けて行った。
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