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嫉妬と暴挙と制裁と #9 side Y

「葉祐さん。」 思いがけず名を呼ばれ、戸惑う俺に彼は頭を下げる。 「驚かせてすみません。あなたに話したことは全て事実です。しかし、いくつかお話していないことがあります。恐らく、あなたのシャツの下にリングがあると思うのですが...そのリングをデザインしたのは私なんです。」 「えっ?」 「もちろん、冬真さんのご希望やあなた方のこれまでのお話を伺って、冬真さんと相談しながらデザインさせて頂きました。ですから、冬真さんのお気持ちが込められているものには違いありません。」 その言葉と共に2枚の名刺を差し出し、藤原さんは秘めていたものを語り始めた。元々、石橋と弟さんが友達で、その縁で石橋と香ちゃんのマリッジリングを手掛けていること。香ちゃんの紹介で冬真と親父と斎藤と知り合ったこと。一目見て、目の前の男性が、ファンである岩崎冬真だとすぐに気が付き、とても嬉しかったこと。本業の傍ら、お祖父さんから引き継いだカフェの経営をしていること。しかし、そのカフェは、本業が軌道に乗り始めたら、追々閉めようと思っていること。それは、そう遠い日のことではないこと。冬真は東京に滞在していた間、藤原さんの店で働いていたこと。 疑問に思っていたことはクリアになった。だけど...最近の冬真の様子を考えると、両手を挙げては喜べなかった。 「色々教えてくださって、本当にありがたいと思います。たくさんの疑問が一気にクリアになりました。でも...何か...こう...正直、どうしたら良いのか分からなくて...あなたに感謝を述べたい自分とお恥ずかしながら...懲りずにあなたに嫉妬している自分がいて...」 「冬真さんが私の前に現れた時、傷ついた状態でした。とても気怠そうで、歩行もままならないのか車イスに乗っていました。首筋や腕に無数に散りばめられた赤い花びらのような痕と、香さんのお話で何があったのか悟りました。私はどんなに愛していても、これはしてはいけないことだと話しました。でも、冬真さんは、葉祐さんにそういう行動をさせてしまった自分が悪いのだと仰いました。分かってはいるのだが、どうしたらいいのか分からないのだと。彼はとても美しい。他人が放っておくはずがないことは誰だって分かります。しかし、冬真さんにとっては、他人が自分に興味を持つことに理解が出来なくて、それ自体が恐怖そのものです。その恐怖を断ち切るために、あなたとの関係を話すことは簡単です。しかし、それでは、あなたに何かしらの支障が出るかもしれない。それは余りにも自分勝手な行為なのではないか、そう考えると何も言えなくなってしまう。そうなると、今度はあなたが嫌な気持ちになる。店を手伝わないことも考えたでしょう。しかし、好きな人と少しでも一緒にいたいという健気な気持ちがあったのだと思います。冬真さんは更にどうしたらいいのか分からず、随分悲しい思いをされたはずです。私も葉祐さんも同じ業種です。冬真さんと同じように、お客様に興味を持たれることがあります。私自身もそんなに気の利いたことは言えません。それでも、経験を重ねていく上で培った手法はあります。冬真さんにも彼なりの手法もあるはずです。それが分かれば、冬真さん自身が恐怖を近づけないで済みます。それを学ぶために私の店で数日働いてもらいました。実践もかねて。やはり、彼の最大の武器は笑顔だと痛感しました。その武器に、否定も肯定もしない言葉や感謝の言葉を添えれば、他人はそれ以上、彼を困らせることはしないと分かりました。こうして一緒に策を練り、導いてあげれば、こんなにも簡単なことなのに、冬真さんのパートーナーは嫉妬に狂うばかりで、何もアクションを起こさない。何故だろうと思いました。冬真さんの作品が展示されているというこのお店に、元々行ってみたいと思っていました。しかし、それ以上にあなたという人が気になり出しました。素敵なお父様がいらっしゃる、冬真さんが庇い続けるパートーナー...もしかして、冬真さんは自分の居場所はここしかないのだと言い聞かせ、静静と自分の置かれている環境を受け入れてるだけなのではないかと思うようになりました。もしそうだとしたら、冬真さんは不幸になるだけです。ですから、あなたがどんな方なのか自分の目で確かめようと思ったんです。場合によっては、あなたから冬真さんを奪い去ろうと...」 「私は...どうでしたか?実際会ってみて...あなたのような...思慮深い...冬真のこと...心から大事にしてくださっている方から見て…本当に愚かな...器の小さい...男に映りましたよね?」 「斎藤さんが仰いました。『葉祐は本当に良いヤツなんです。優しくて、明るくて、前向きで、人当たりも良くて...アイツを悪くいう人、見たことも聞いたこともありません。』と。短時間ですが、あなたとお話して私もそう思いました。こちらを訪れるまで、全否定だったあなたを...冬真さんに酷いことをしたあなたを...私は今、心のどこかで分かりかけているような気がしてなりません。」 そう言った藤原さんもアンバーの瞳をしていた。 冬真と同じ、全てを見透かしているような透明感のある薄茶色の瞳。 この人はきっと...冬真を愛している。 そしてこの先...長い付き合いになるに違いない。 直感的にそんなことを思わせる瞳だった。

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