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覚悟 #1 side Shun

横暴だと思っていた冬真さんのパートナーは、実際に会ってみると、随分印象の違う人だった。 葉祐さんは不思議な人だった。 横暴なパートナーから冬真さんを奪うつもりが、思いがけず二人の自宅に泊まることになり、冬真さんの就寝後、葉祐さんと二人、酒を酌み交わし、会話を重ねた。 「藤原さんって...冬真と似ていますね。」 「えっ?」 「本音を言うのが苦手と言うか...まぁ、冬真の場合は言えないんだけど...」 屈託のない笑顔を見せた。彼の友人は口を揃えて言う。誠実で明るい、懐の大きい良いヤツ。正にその通りだった。 葉祐さんは...そう...全てにおいて眩しい... 「私に似ていたら、冬真さんが可哀想です。あんなに美しいのに。」 「ほらっ。そんなとこも似てる。自分の価値を全然分かってない。俺から言わせれば、二人とも綺麗です。俺の周りには綺麗な人ばかり。引き立て役道まっしぐら。あーあ、可哀想な俺。」 自分の価値を一番分かってないのは、あなたでしょ?葉祐さん。あなただって、とても綺麗な顔立ちをしている。 「それにしても、こんな静かで空気の澄んだ素敵な場所で仕事が出来たら幸せだろうな。」 話を変えるべく、この地に来てから思っていることを述べた。 「来れば良いじゃないですか。藤原さんの都合が合えば。」 簡単に言わないで欲しかった。確かに今の自宅と工房を兼ねたあのカフェは、近々閉め、工房になりそうな他の物件を購入しようと考えている。だけど、君のパートナーは、俺が生まれて初めて心から好きになった人。奪えるものなら奪いたい...しかし、俺は君に友情を感じ始めている。初めて本音が言える友達になりそうなんだよ。君はそんな俺の気持ちに気が付いてないだろうけど。気付いていたら、わざわざ危険因子を近くに置くはずがない。 「俊介さん...ああ...こう呼ばせてくださいね。図々しいかもしれないけど...冬真のことだけを考えませんか?」 「冬真さんのこと?」 「はい。俺と俊介さん...二人にとって、冬真は特別な存在です。故に俺達は複雑な関係です。けど...俺のせいで、冬真があなたに会えなくなるの...俺、不本意なんです。俺の感情を優先させて、あなたの感情を押し殺す。あなたと冬真は友達なのに2度と会えない、話も出来ない。冬真にしてみれば迷惑な話です。二人はアーティストで、作る物は違えど、何かを生み出す仕事をしている。互いに触発し合って、良い作品が生まれるかもしれないのに。現に冬真はアトリエに籠って絵を描くようになりました。あなたの元で過ごした数日で、筆を持とうという気持ちになったんだと思います。あなたの仕事振りを見て。俺は冬真に絵を描いて欲しかった。何年もそれを願いました。でも、冬真は筆を持とうとしませんでした。俺には出来なかったことが、あなたには出来る。それに俺...もう...覚悟してるんです。」 「覚悟?」 「あなたとは長い付き合いになりそうだなって。俺と俊介さん...複雑で微妙なバランスの関係だけど、ずっとこうして良い友人関係を築いていくのかなぁ...って。あーっ、でも勝手過ぎですね。あなたにしてみれば迷惑な話ですね。」 「いいえ...海野さん…お友達の皆さんがおっしゃるように、あなたはやっぱり良いヤツですね。そして...不思議な人だ。危険因子をわざわざ手元に置くなんて。」 「俺、あなたを危険因子だなんて思ってません。そうだなぁ...上手く言えないけれど...戒めのような存在かなぁ...」 「戒め?」 「そう。またバカなことをしたり、冬真の隣にいるのに相応しくない行動をしたら、直ぐに冬真を奪われる。だから精進しなくちゃって思わせる。そんな戒めの存在だけど、良い友達にもなれそうな予感もしているんです。」 葉祐さんは、また屈託なく笑った。 ああ...この人は全てを察している。覚悟を持って、俺という存在を受け入れようとしているのだ。 全ては冬真さんのために。 「葉祐さん、実は聞いてもらいたい話があります。面白い話ではないので恐縮なんですけど...」 彼の覚悟に応えるべく、俺も覚悟を持って自分のことを話した。冬真さんのために... 他人に本音を言ったことがない俺が、初めて自分の話をする。それは俺を受け入れるべく、努力しようとしている彼に対する誠意でもあった。 全ての話を聞き終えた彼は、ふぅっと一つ息を吐いた。 「やっぱり...あなたと冬真は似ています。」 彼はそう言い、続けて冬真さんの壮絶な生い立ちと、遭遇してしまった凄惨な事件を教えてくれた。

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