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覚悟 #3 side Shun
件の男性は頭を下げた後、名刺を差し出した。
「藤原さんですね?はじめまして。岩崎と申します。私が物件のご紹介をさせて頂きます。」
岩崎?
名刺に視線を移すと、
『岩崎不動産販売 岩崎広行』
とだけ書かれていた。所属も役職も書かれていないその名刺に違和感を覚えたが、ひとまず自己紹介を済ませた。
「不躾な言い方で恐縮ですが、藤原さんもなかなかの色男ですね!いや~葉祐君といい、冬真の周りには色男ばかりだな!類は友を呼ぶってことかな。君も親父さんに似て美人だしな!」
男性はそう語り、チェストの上にあるフォトフレームを一瞥した後、冬真さんの頭をクシャクシャと撫でた。
「おじさま...ぼく...びじん...ちがう...ぼく...おとこ...」
冬真さんは子供のように頬を少し膨らませた。
おじさま...?
なるほど...この男性は冬真さんの伯父に当たる人なのか...
「おじさま...ふじわ...ら...さん...どうして...?ようすけ...」
「冬真には話してなかったね...ごめん。いい?今から少し長い話をするよ。俺の声が歌に聞こえて来たら手を挙げて!分かった?」
葉祐さんは、ゆっくりと丁寧に今日、伯父さんと俺が来た理由を語り始めた。冬真さんは理解出来たのか、手を挙げることはしなかった。
「ふじわ...さん...ひっこし...?」
「まだ分からないけど、藤原さんの条件に合う家が見つかったらね!」
「ぼく...うれし...そうなっ...ら...」
冬真さんは俺に笑顔を見せた。その笑顔は、俺を後押しするのには充分だった。圧巻だったのは岩崎氏のリサーチ力だった。岩崎氏が葉祐さんから聞いたのは、俺の年令と家族構成、職業ぐらいなものだったらしいが、全てを考慮し、はじき出して勧めてくれた物件は、元々、家同士があまり隣接していないこの別荘地の中でも、少し外れの方にある、更に周囲に家がない場所だった。一人暮らしには充分過ぎる3LDK 。全ての部屋が広く、明るく、静かでとても気に入った。特に気に入ったのは、仕事部屋にと勧められた部屋で、窓からは遠くに山が見えた。
「絶景だろう?この家は、元々とあるミュージシャンが所有していたんだ。プライバシー保護のために、わざと何もない場所を選んだ。それにこの部屋、消音設備が施されているんだ。防音じゃなくて、敢えて消音にしてある。この景色を楽しむためにね。君の仕事は金属を加工する仕事だ。どうしても音が発生する。ここなら何ら気にせず、仕事に没頭出来るだろう。ただ、唯一の欠点は、冬真の家から少し距離があること。まぁ、泥酔しなければ、酔い醒まし程度にはなる距離だけどね。」
と笑った。
それから話は急速に進み、手続きのため、訪れた岩崎氏の東京のオフィスで、岩崎氏があの岩崎グループの岩崎広行氏だと知った。
あれから2か月...
俺は車を走らせ、またこの地に足を踏み入れた。ここで新しい生活が始まる...
愛しい人と優しい友が住む家の前に着くと、クラクションを一つ鳴らす。玄関が開き、二人は笑顔で出迎えてくれた。
冬真さんが俺の腕の中に入って来た。
あまりのことに驚き、慌てて葉祐さんの顔を見た。
「友達なんだ...ハグは普通のことでしょ?」
そう言って、葉祐さんは家の中に消えていった。
完敗だな。本当に懐の大きい良いヤツ...
苦笑いの俺は、友が俺のために与えてくれたこの機会に感謝し、愛しく儚い温もりを静かに抱きしめた。
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