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さまよう心 #2 side Y

冬真の視線の先... そこには、立ち蕎麦屋があった。 立ち蕎麦?何で? 思考を巡らせていると、一つの思い出にぶち当たった。あれは...俺が東京本社からN支社へ異動になって、しばらくしたある日、夕食の片付けの際、皿を拭いていた冬真が突然尋ねたんだ... 『ねぇ?葉祐?』 『うん?』 『葉祐は立ち蕎麦って食べたことある?』 『ああ。東京にいた頃はよく食べたよ。早いし、安いし、サラリーマンの味方だね。でも、何で?』 『随分前に、一人で葉祐に会いに東京に行った事があったでしょ?』 『うん。』 『あの時、N駅のコンコースにあるお店の前を通ってね...いい香りだなぁって思って...やっぱり美味しいのかなって思ってさ。』 『そんなに気になるなら、食べれば良かったのに。おなかいっぱいだった?』 『ううん。食べてみたかったんだけど...作法知らないから...』 『作法?』 『どんな食事にも作法があるでしょ?俺は食べたことないし...知らない間にお店の方に失礼な態度とっていたら嫌だなと思って...』 『冬真...お前...』 『あっ、また世間知らずなヤツって呆れただろ?』 『いいや...お前って本当に真面目で良い子だなと思ってさ。よし!今度連れて行ってやるよ!そこでさ、作法も流儀も奥義も全部教えてやるよ!』 『本当?』 『ああ。葉祐君秘蔵のトッピングまで教えてやるよ!』 『ありがとう...楽しみ......』 『教えてあげるから...今日、一緒にお風呂入ろ!』 『えっ?』 『良いだろ?ねっ?ねっ?』 あの時...冬真は呆れたような...困ったような顔して笑ってたっけ... 「一緒に食べようか?立ち蕎麦。お店の人に車イスのままで良いか聞いてみよう!」 車イスを店頭まで押す。 「すみません。」 「はい。」 店頭に出てきたのは、60代とおぼしき女性の店員だった。 「あの...車イスのままでもよろしいですか?」 「もちろん。」 「ありがとうございます。それと...食べるのに介助が必要なんですけど...よろしいですか?お店の迷惑にはなりませんか?」 「迷惑って?」 「どうしても並んで食べさせるので、スペースの問題だったり、食するのにも時間が掛かるので...こういうお店は回転率が重要でしょう?」 「何言ってるの?そんなの関係ないよ!さっ、入った入った!奥のボックス席付けちゃって良いから!」 「ありがとうございます。」 あまり広くない店内に入ると、言われた通り二つのボックス席を付け、車イスを奥に運び、注文しようとカウンターに並ぼうとすると、女性店員がそれを制した。 「普段はセルフだけど、今は良いよ。おばさんが運んであげるから。」 「ありがとうございます。じゃあ...かけうどんの大盛りを一つください。」 「はいよ。」 女性に代金を渡し、女性は直ぐにうどんと取り皿を持って来てくれた。 「すみません。ありがとうございます。助かります。」 「いやいや。」 うどんを少し取り皿に入れ、細かく切って、冬真の口元へ運ぶと冬真はうどんをパクりと口に含み、食していた。 「あっ!食べた!」 冬真がお粥以外のものを食べたのも、自ら食物を口に入れたのも倒れて以来初めてで、あまりの嬉しさに大声で叫んでしまった。厨房にいた男性二人も、先程の女性店員も驚いてこちらを見ていた。店内に客がいなかった事が唯一の救いだった。 「大丈夫かい?」 「すみません...大声出してしまって...久々に自分から食べてくれたので嬉しくて...」 「そうかい。そりゃ、良かった!あのさ、変なこと聞いちゃうけど...そっちのお兄ちゃん...病気か何か?」 「いいえ。少し前にトラウマになってしまった事酷似したような事が起きてしまって...自分を守るために心に鍵を掛けてしまったんです。何を言っても無反応だし、食事もあまり食べようとしなくて…だけど、さっきこのお店の前で、気になるような素振りを見せて...今も自分からうどんを口に入れたから...嬉しくて...」 「そう...」 「元気だった頃、こちらのお店に来たがっていました。普段電車に乗ることがなかったんですけど、たまたま新幹線に乗る機会があって、その時にこちらのお店の前を通って、いい香りがするな、食べてみたいなと思ったらしいんです。」 「入れば良かったのに...」 「俺もそう言いました。でも、自分はこういう店に入ったことがないから、作法をしらないって。そのせいで、お店の人に迷惑を掛けたら悪いから...って。」 「こんな店に作法なんてあるもんかい!」 「彼は体が弱くて、人生の大半以上を病院で過ごしているんです。だから世間に疎いところがあって...でも、連れてきて良かったです。こんなに食べたのも久しぶりで、食事が摂れるってやっぱり、元気になろうとしている証拠だと思うから...」 「そうだね...あっ、ちょっと待っててね!」 女性は一旦席を離れると、手に皿を持って戻って来た。 「はい。これ。」 女性が皿を差し出すと、そこにはコロッケとかき揚げが一つづつ乗っていた。 「お兄さんにはかき揚げ。それだけじゃ足りないだろ?で、こっちのお兄ちゃんにはコロッケ。衣を剥がせば、マッシュポテトみたいなもんさ。食べるかもしれないじゃない?あげてみな。」 「でも...」 「いいの。いいの。これぐらい!サービス!サービス!」 「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく頂きます。」 衣を剥がしたコロッケを冬真の口元へ置くと、冬真はそれをパクりと食べた。 「あっ...」 「良かったね!」 「はい!」 それから女性は冬真に向かって話し掛けた。 「ねぇ、お兄ちゃん。生きてると色々あるし、嫌なことも多いけど、悪いことばかりじゃないよ。あんたは今日、アタシの奢りのコロッケを食べられたし、こんなに優しい兄さんが近くにいてラッキーじゃないか!良いこともあるからさ、早く鍵をぶっ壊して、そっから出ておいで!」 「ありがとうございます。」 「元気になったら、またおいでよ!」 「はい。是非。」 「だけどさ、もう一度同じことをしてもダメなのかねぇ?」 「えっ?」 「いや、お兄さんのさっきの話だと、このお兄ちゃんがこんな風になるのは2度目なんだろ?」 「はい。」 「だったら、1度目の時に克服したきっかけがあるんだろうから、それをもう一度やってもダメなのかね...心の鍵を取っ払ったぐらい衝撃的に楽しくて、安心した出来事だったんだろうからさ。」 心の鍵を自ら壊したぐらい衝撃的に楽しくて、安心したこと? 何だろう...何があったっけ? そう言えば...冬真があそこまで回復したのって...何でだったっけ? あっ! 「ありがとうございます!思い出しました!衝撃的に楽しくて、安心した出来事!これから行ってみます!」 思わず女性の手を握る。 「ああ。」 「あの...お名前は?」 「名前?そんなのいいよ。」 「でも...うまくいったらお礼を言いたいですし、またここに来れば良いですか?」 「ここは頼まれた時だけだからね~そうだ!駅からちょっと行ったところに『moon』ってライブハウスがある。そこの店長とは懇意にしているから、その人を訪ねるといいよ。私はそこでは『お景さん(おけいさん)』と呼ばれているよ。店長には、お兄さんのこと伝えておくよ。お兄さんの名前は?」 「海野です。海野葉祐です。」 「葉祐君ね?OK!」 冬真の残した物を掻き込んで、急いで店の外へ出た。気がつけば、冬真はうどんもコロッケも三分の一程度食していた。それだけじゃ足りないだろうと、お景さんがいなり寿司とおむすびを持たせてくれた。ありがたくそれを頂いて、外へ出た。それから、慌てて俊介さんに連絡を入れる。 「もしもし、俊介さん?悪いけど、3日間ほど店を任せても良い?見付けたんだ!冬真が元気になるかもしれないこと!少なくとも今よりは元気になるはず!」 意気揚々と車を止めた駅前の駐車場目指し、車イスを押しなから、冬真に話し掛ける。 「行ってみよう...冬真。ダメ元でもさ。お前にとって楽しい思い出しかないあの場所へ...二人で行ったあの場所へ...」

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