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さまよう心 #3 side Y
駅前の駐車場で一本、連絡を入れる。目的地で暮らす知人にこれから向かうことと、2~3日滞在する旨と許可を得るために。知人は快く快諾してくれた。ただ、ここで伝えなくてはならないのは、冬真の現状だ。余計な負担を掛けてしまうから。だけど、それを聞いた知人は、
『楽しみに待ってる。気を付けていらっしゃい。』
とだけ言ってくれた。それから、何日か分の着替えと手土産を買いにショッピングモールへ向かった。
買い物中も、冬真は相変わらず無反応だったが、唯一反応したのが、スエットを買った時だった。
「ペアルックで買っちゃおうか?」
そう声を掛けると、冬真は微かに指を動かした。俺は冬真の正面を向いて、屈み、視線に入るように問い掛ける。
「どうする買っちゃう?」
わざとオーバー気味に。冬真はやっぱり無反応だった。
「だよね~」
俺がそう言うと、冬真はまた指を動かした。冬真はいつでもペアルックだけは嫌がり、頑なにそれを拒んだ。その理由の大半を占めているのは恥ずかしいからで、残りは俺と自分の似合う色が違うからということだった。恥じらいと画家としてのプロ意識が混在しているこの理由が冬真らしく、俺は冬真のこういうところが本当に好きだ。
「分かった。分かった。」
頭を撫でてやると、持っている編みぐるみをぎゅうっと強く握った。買い物を済ませた後は、ひたすら目的地に向かって車を走らせた。高速に乗ってすぐ、冬真は眠り始めた。久々の外出で、刺激も多く、きっと疲れたのだろう。一番最初のパーキングエリアで車を停め、冬真が座る助手席のシートを倒し、体を少し伸ばしてやろうと体に触れた。冬真の体は強張り、至るところがガチガチに硬かった。ふと、ショッピングモールで編みぐるみを強く握った光景が脳裏をよぎった。
何だか悲しかった。
起きているときも、眠りに就いてからも恐怖から逃れられず、体を強張らせて...
あの事件...
冬真はどれほどまでに怖い思いをしたのだろう。
もう怖いことは起こらないと何度も何度も諭してきた。冬真もそれを少しづつ理解し、受け入れていった。それが他人同士の喧嘩に少し触れてしまっただけで、また心に頑丈な鍵を掛けてしまう...
畜生
俺のしてきた4年は無駄だったのか
こんなことが一生続くのか
どうして冬真だけがこんなに苦しむ
畜生!畜生!畜生!
俺の心の中に虚しさという暗雲が垂れ込めた時、事件前の日常の風景が目の前に広がった。
『冬真はさ、俺のどこが好き?』
『えっ?』
『俺のどういうところが好き?』
『言わなきゃ...ダメ...?』
『恥ずかしがらないで言って!言って!明日への活力剤なんだもん。冬真の言葉一つで明日も頑張れる!』
『全部...』
『全部って......さては面倒になって言っただろ?』
『違う...だって全部なんだから仕方ないでしょ?』
『何だか上手くはぐらかされた感が否めないんですけど...』
『本当に全部なんだもん。ただね...』
『ただ?』
『優しくて...明るくて...前向きで...人を傷付けることなく寄り添ってくれる...そういう葉祐を立派だと思うし、誇らしく思う。そして何より...そういう葉祐に...僕は救われたよ。子供の頃も...今も。本当に感謝してるんだ。ありがとう...葉祐。』
冬真は微笑む...小さく恥ずかしそうに…
そこで...その光景はスッと消えた。
「ごめん。畜生なんて言ってる場合じゃなかったな...うっし!」
葉祐...助けて
冬真は心の中でそう叫んでいるはず。恐怖心に打ち勝って、心の鍵を壊そうと一生懸命もがいているのだ。
悲しむ前に...助けてやらなければ...
「さっ、出発するよ!もう少し我慢してくれよな。」
運転席に戻り、アクセルを踏む。
目的地を目指して
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