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さまよう心 #5 side Y

〈「さまよう心 #5」 をお読みになる前に。〉 私の拙作をお読みくださり、本当にありがとうございます。こちらのエピソードですが、一部、自らの人生を自らで閉じることを表現している部分があります。苦手な方はお読みになりませんようお願い申し上げます。 このエピソードをお読みにならなくても、この先支障が出ることは、恐らくございませんのでご安心ください。 ゆずる ********************** 翌日、俺と冬真は板長さんのご厚意で、潮干狩りに連れて来てもらった。最初は不安気な表情を見せていた冬真も、やり方を見せてやると、直ぐに夢中になり、今では全身泥だらけだ。それでも、波打ち際で楽しそうに波と戯れる冬真は、この上なく煌めいて美しかった。 この場にカメラが無いことを、俺はこの先、一生後悔していくのだろう... カシャッ。 隣に座っていたはずの板長さんは、そこにはおらず、少し離れた場所から、冬真を撮影していた。シャッター音の後、板長さんは俺に向かって左手の親指を上げた。俺は板長さんに向かって頭を下げる。 板長さんは小走りにこちらに戻り、そして言う。 「いや~なかなかの自信作が撮れたよ。モデルが良いからね。あっ、今日撮った画像、何かしらの媒体に移しとくから、持って帰ってよ。」 「ありがとうございます。でも、良かったんですか?あんなに泥だらけで。車の中汚れちゃいますよね。」 「いいの。いいの。好きなように磯遊びさせてあげなよ。初めてなんだろう?磯遊び。」 「はい。多分。」 「それで元気になったらラッキーじゃない。それに...そこの旅館あるだろ?」 板長さんは、そう言って一軒の旅館を指差す。 「あの旅館の板長、友達なんだ。シャワーぐらい貸してくれるさ。まぁ、いつもは大浴場に入らせてくれるんだけどね。でも、嫌なんだろ?冬真君の裸、他人に見られるの。」 「えっ?」 俺と冬真の関係はこの人はおろか、女将さんや旅館の関係者には一切話していない。 なのに...何故? この人は何が言いたいのだろう... 「なぁ?葉祐君。ここからはオヤジの戯言と思って聞いて欲しいんだけど...」 「はい。」 「君...トマト好きかい?」 「ええ。」 「でもさ。嫌いなヤツもいる。だからって、それを責めたり非難したりしないだろ?」 「そうですね。」 「嫌いな人もその権利を訴えたり、主張したりもしない。トマトそのものがダメでも、トマトケチャップなら平気だったり、ミートソースは好きだったり、そういう人がいても『ああ、そうなんだ』って思うぐらい。人それぞれのトマトに対する嗜好や思いを、皆、当たり前に受け入れる。なのに…どうして愛はダメなんだろうね...」 「愛?」 「トマトなら様々な嗜好や考えを自然と受け入れるのに、愛になると異性同士が良しとされたり、同性同士だと非難の目を向けられたり。同性愛を隠したり、権利を主張したり。トマトは良くて、愛はダメ。世の中変だよね。さっきのトマトの話と何が違うんだろう?君は人が恋に落ちる瞬間って見たことあるかい?」 「さぁ...どうかな...」 「俺はあるの。美しかったなぁ。当事者じゃないのにそう思ったんだから、その二人には世界が美しく見えただろうね。その二人は俺の仲の良い友達でね。俺を介して知り合ったんだ。何回か遊んでいるうちに恋に落ちた。ほぼ二人同時にね。でもね、二人はその恋をずっと秘していたんだ。」 「何故ですか?」 「同性だから。たったそれだけ。」 「......」 「同性に恋をする...俺にはよくわからなかったけど、応援はしたいと思ったよ。大好きな二人だからね。しばらくして、一方に見合い話が舞い込んだ。元々地主の大きい家の跡取りだった彼は、その話を断ることが出来なかったんだ。」 「二人は...どうなったんですか?」 「もちろん逃げたよ...二人で。二人のことを知った双方の両親は大激怒。血眼になって二人を探した。程無く二人は見つかって、連れ戻された。でも、二人はまた逃げた。逃げる、連れ戻されるの繰り返し。そういうの...疲れちゃったんだろうね...一人が自らの命を放棄してしまったんだ...『どうか幸せになってください。私は今まで充分幸せでした。ありがとうございました。』と彼に宛てて書かれた手紙も見付かった。手紙を受け取った残された方も、自らの意思で、直ぐに恋人の元へ旅立ってしまったんだ...」 「そんな......」 「何だかやるせなかったよ。時代もあったんだろうけど、最初から許してやれば、こんなことにはならなかったのにさ。許すも何も、さっきのトマトの話と何が違うんだろうって思った。だから俺はこの先、生きていく中で、彼らみたいな二人に出会ったら、今度こそちゃんと応援してやろう...そうすることが...あの二人への供養になるんじゃないかなって思ったんだ。」 「本当に二人は何も悪くない。でも...板長さんがいてくれて、そんな考えを持ってくださって...二人は今...安心して肩を寄せ合っているでしょうね。」 「そうだと良いんだけど...」 「そうですよ。きっと。」 「ありがとな。葉祐君、君は道を誤るなよ...」 「えっ?」 「いやいや。オヤジの戯言さ。さっ、そろそろ帰ろうか。おっ!波ももうあんなところだ。」 冬真を見ると、さっきまで足元に掛かるか掛からないかのところにあった波は、足を伸ばして座っていた冬真の臀部の辺りまでになっていた。 「冬真!」 俺の呼び掛けに冬真は振り向く。言葉はまだ出てないものの、呼び掛けに反応したり、目を合わせる機会は確実に増えていた。 やっぱり連れてきて良かった。 心からそう思った。 「冬真!帰るよ。」 俺の言葉に冬真はあからさまな表情を見せた。 『えーっ。まだ遊びたいよ...』 まるでそう言っているかのような...

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