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日課 #1 side Y
起床後、身支度を整えて、簡単な朝食を作り終えると、薬箱を片手に再度、寝室へと向かう。寝室の扉を開ける前に小さく祈る。
どうか...冬真の調子が良好でありますように...
そう...これは最近加わった毎日の日課。
扉を開けると、冬真はもうすでに起きていて、ベッドに座っていた。
「おはよう!冬真!」
朝の挨拶を済ませ、冬真の額に一つキスを落とす。それから目を合わせると、冬真は柔らかい笑みをくれた。
大丈夫。今日は調子が良さそうだ。このまま無事に...このまま平穏に...一日が過ぎれば良い...
「さっ、身支度しよっか?」
冬真の手を取り、立たせると洗面所まで誘う。ゆっくりとだけど、自分の足で歩いて洗面所へと消える。冬真はもう全てを放棄して、ベッドの上や車イスの生活を余儀なくされるのではないだろうか...入院中、心のどこかでずっと覚悟していた。しかし、調子が悪い時以外、冬真がベッドで過ごすことはほとんどなかった。
良かった...本当に...
俺は毎日、廊下で冬真を待ちながら、分からないように小さく安堵の息をつく。それでも、日常生活を送るには未だ道のりは遠く、リハビリを再開するまでの体力も精神力も回復するまでには至っていない。だから、冬真を家に一人にしておくことは出来ず、俺が店にいる間、冬真を誰かに預けなければならなかった。
今日は誰だったかな...
冬真が身支度を済ませ、洗面所から出てくると、また寝室へと戻る。今度は着替えと腕の傷の処理。着替えと言っても、パジャマからスエットとロングTシャツに着替えるだけで、あまり代わり映えはしない。しかし、冬真にとって、それは一苦労な行為だった。
「さっ、消毒して、薬塗ろうか?」
冬真の正面で屈み、ロングTシャツの袖をたくし上げると、そこにあったのは、昨日新しく作られた傷と青痣…
消毒をしようとした瞬間、冬真は俺に抱きつき、自身の顎を俺の肩に乗せた。
「おっと!」
突然のことで、思わず尻餅をつきそうになったが、しっかりと抱きとめた。冬真はどうやら泣いてはいない。だが、ぎゅっとしがみつく様に抱きついたその力の強さが、彼の不安な気持ちを表していた。
「大丈夫。こんなの一生続くワケじゃない。麻疹みたいなものさ。」
冬真の背中を擦りながら俺は言う。
「そのうち、声も出るようになるさ。だって、病院にいるときと比べたら、スゲー元気になっているだろう?一人で歩けるし、大好きな苺ジャムトーストも食べられる様になった。今のお前はね、自分の思うように行動すれば良いんだ。一昨日、苺ジャムトーストが食べたいって教えてくれただろう?あの時みたいに、したいことをして、食べたいものを食べて、眠りたいときに眠る。それだけで、自ずと元気になるよ。」
そう...一昨日、冬真は突然、苺ジャムの瓶を差し出し、俺をじっと見つめた。そんな仕草をしたのは初めてのことで、かなり戸惑った。
『何?』
声の出せない冬真は、もどかしそうな表情になりながらも、ひたすら瓶を俺の前に差し出した。
『もしかして...食べたいの...?』
俺の言葉に冬真は何度も頷いた。焼いた食パンにバターと苺ジャムを塗り、食べやすいようにスティック状に切ってやる。たったそれだけの作業を、冬真は随分嬉しそうに見つめていた。
「さっ、消毒しちゃおう。今日は俊介さんの工房に行くんだよ。」
冬真から身を離し、瞳を見つめながらそう言うと、冬真はコクンと頷いた。見たこともない道具や写真集、画集がたくさんあって、それらに触らせてもらえたり、見せてもらえたりする俊介さんの工房で過ごす時間は、冬真にとって至福の時間に違いない。調子が良い時は『お土産』と称し、俊介さんの家で描いた絵を手渡してくれた。冬真が絵を描く...それは俺の望み。だから、その絵とそれを手渡す瞬間が本当に嬉しく、ずっと心待ちにしている。
「さっ、早くご飯食べて、早めに出掛けようか。冬真も早く行きたいだろ?楽しみだもんなぁ...俊介さんの工房。」
そう言うと、冬真は俺の腕にそっと手を添えた。
えっ?
驚いて見つめる俺に、冬真は静かに首を横に振った。そして、声の出せない冬真は、ゆっくり唇を動かす。
そっか...唇を読めば良いんだ...
何か伝えたいことがあるんだね...
『よ』『う』『す』『け』
『そ』『ば』
『い』『ち』『ば』『ん』
少しだけ呼吸が荒く、早くなったものの、自分の意思を伝えることが出来た満足感と、照れた気持ちが混ざり合い、冬真は何とも言えない可愛らしい表情をした。俺は背中を擦りながら言う。
「俺も冬真と一緒が一番嬉しいよ。」
コツン。
冬真は俺の額に自身の額をつけて微笑む。
本当に幸せそうに。
だから俺も...この幸せな気持ちが冬真に伝わる様に笑い、そして、祈る。
この可愛らしく愛しい存在が...毎日幸せでありますように...
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