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想い #1 side Y

午後4時を回った頃、スマホが着信を知らせる。 それは俊介さんからで、背中に冷たい汗が流れる。 『冬真に何かあったのですか?』 『いいえ...大丈夫です。少し疲れたようで、今は眠っています。間もなく起きる頃だと思います。お仕事中すみません。連絡するか否か悩んだのですが...今、大丈夫でしょうか?』 『間もなく閉店ですし、お客様もいらっしゃらないので大丈夫ですよ。』 『突然のことで恐縮なのですが、今晩、お伺いしてもよろしいでしょうか?』 『もちろん!じゃあ、久々晩飯でも食べますか?3人で。』 『いいえ。なるべく冬真さんのいらっしゃらない場所でお話がしたいのです。ですから、冬真さんの就寝後にお邪魔したいのですが...遅い時間になります。大丈夫でしょうか?』 『構いません。普段、9時には眠りに就いてますから、9時半ぐらいでいかがですか?』 『ありがとうございます。では、9時半に伺います。』 その言葉を残し、俊介さんは通話を切った。 それから数時間後の今、俊介さんは神妙な面持ちで、うちのソファーに座っている。 「電話の声がかなり神妙な感じだったので、アルコールじゃない方が良いのかなと思いまして...」 お茶を差し出す。 「どうぞお構い無く。」 俊介さんはそう言い、俺が座ると、鞄から1冊のスケッチブックを差し出した。 「早速ですが...これは冬真さんがうちに来た時に使用している物です。どうぞご覧ください。」 一枚一枚丁寧にめくっていくと、そこには色々な絵が描いてあった。俊介さんの工房から見える山の景色、苺ジャムトースト、俊介さんの家の近所のお宅で最近飼われだした仔猫、俺の顔、仕事中の俊介さんの横顔...次々とめぐる中で、俺はあるページで手を止める。その絵は全体的に歪んで見えるものの、膝を抱えて座る人影のような物が二つあり、あとは大小関係なく無数の丸がたくさん描かれていた。 「やっぱり気になりますか?」 「はい...これって...」 「以前ドクターに見せて頂いた絵と似てますよね?」 「はい。こちらの方があの時の絵より全体的にクリアな感じに見えますけど...」 「ええ。次とその次も見てください。」 俊介さんに促され、ページをめくると、そこには足首を掴む手と、何かを掴む手が描かれていた。そして、どちらにも先の絵と同じように、無数の丸がたくさん描かれていた。 「これって...何なのでしょうか?」 「この2枚は、今までにも似たような物も描かいていません。私も何だか分からなくて...今日は調子も良さそうだったので聞いてみたんです。変なプレッシャーにならないように、雑談を装いながら。」 「それで?」 「一枚目は湖の中なんだそうです。」 「湖の中?」 「ええ。湖の中。だから歪んで見える。その無数の丸は水泡でしょう。きっと。」 「なるほど...でも...この人影は?どうみても泳いでいるようには見えません。膝を抱えて座っているように見えます。」 「はい。私も同意見です。まずは、この二人は誰なのか聞いてみたんです。そうしたら、どちらを指しても『僕』と答えるんです。」 「二人とも...冬真...?」 「ええ。不可解ですよね...ですから、今度はちょっと聞き方を変えてみたんです。『私が今、お話している冬真さんは、どちらなんですか?どちらの冬真さんがこの後、私と一緒におやつを食べるのでしょう?』って。そうしたら、向かって右側を指しました...」 「向かって右側...左側の冬真は何なのでしょう?」 「番人なんだそうです。」 「番人?何の?」 「さぁ...分かりません。もう少し聞きたかったのですが、呼吸が少し荒くなり始めて...」 「そうだったんですか...」 「今週末、通院日ですよね?このスケッチブックをドクターに見せて、先程の話をしてみてください。自傷行為の意味や回復する方法の糸口が見つかるかもしれません。」 少し早口気味に言う俊介さんから、全身全霊で冬真だけを想い、冬真の幸せを願っている事が伝わって来た。 俊介さん優しい。本人が思うよりもずっと。 そして...とても強い。 そんなところも冬真とよく似ていた。 俊介さんの気持ちを知っていながら、今の状況に甘んじている自分は.、人として、いかがなものなのか... 冬真にキスしたい...冬真を抱きたい そんなことを思う日もあるだろう。 そんな時...俊介さんはどのようにやり過ごして... また俺に優しく接してくれるのだろうか… 俺の考えを見透かしたかの様に、俊介さんはクスッと小さく笑った。 「えっ?」 「いいえ。それより...落ち込んでいる場合ではないですよ。葉祐さん。この話、続きがあって、ちょっと笑ってしまうんです。」 甘いマスクにクールな性格の俊介さんは、あまり表情を変えることはない。だけど今は、笑いを堪えられないのか、縦に作った拳を口元に当て、瞳を閉じて上品な微笑みを浮かべていた。

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