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打診 #4 side T
「今度の休みの日に、冬真と俺と俊介さんと3人でここに行こうと思うんだ。」
PCのディスプレイを見せながら葉祐は言った。そこには「食」と自然をテーマにした複合施設が写し出されていた。
「色々な店があるみたいだよ。牧場が経営してるジェラート屋があったり、天然酵母を使用しているパン屋があったり、足湯もあるんだって。冬真、ここのところ、別荘地の外に行ってないだろ?だから、気分転換に出掛けるのも悪くないんじゃないかなって思ってさ。どうかな?ひとまずさ、どんなところか一緒に見てみない?」
葉祐は慎重に尋ね、僕を自身の膝の上に乗せた。二人で一緒にサイトを閲覧する。緑が美しくて、とても綺麗な施設だった。パン屋さんに足湯...僕の好きなものばかり。俊介さんと綿密に計画を立てたんだろうな...きっと。正直、天然酵母のパンはとても気になった。食べてみたい。でも...本音を言えば、ここから出たくない。だって...ここにいれば、僕を傷つけるものはほとんどないもの。
断ろうかな...
でも...ここのレストランのハンバーグ...葉祐好きそうだな…食べてみたいって思ってるだろうな…
俊介さんはワイナリーの直営店のワインや、和菓子屋さんの落ち着いた内装や置かれている雑貨類を、実際にチェックしたいと思っているに違いない...
僕がこんな風になって、二人はあまり遠くへは出掛けなくなった。特に葉祐は、家と店の往復しかしていない。家や店の最低限の買い物ですら、ネットや俊介さんにお願いしている始末。
二人には...一瞬でも僕のことなんか忘れて...楽しい時間を過ごしてもらいたい...
だから僕は...葉祐の提案を受け入れた。
だけど...食事だけは家でしたいな...
でも...そうしたら...葉祐はあのハンバーグ...食べられなくなっちゃうよね...
う~ん......
ここは...勇気を出さなくっちゃね。二人が僕のために、一生懸命考えてくれたんだもの。
でも...
そのために...御守り一つ、もらっても良いよね?葉祐...
僕はディスプレイから体の向きを変え、葉祐を見つめた。
「うん?どうした?」
葉祐は不思議そうに僕の顔を覗く。
声の出ない僕は、唇で葉祐に知らせる。
『よ』『う』『す』『け』
僕の唇の動きを、すっかり読めるようになった葉祐は尋ねる。
「うん?何?」
『き』『す』『し』『て』
「えっ......」
『だ』『め』
「ダメなもんか!良いに決まってるだろ!でも...冬真は良いのか?」
葉祐はちょっとドギマギしながらそう言った。だから僕も...葉祐に言ったんだ。
『い』『い』『に』『き』『ま』『っ』『て』『る』『だ』『ろ』『う』
僕の唇の動きに葉祐は『あははは...』と声をあげて笑った。
僕の唇に優しい口づけが降って来る。
そして...唇から優しい感覚が消えると...今度は優しい笑顔が降って来た。
ああ...何て素敵な笑顔なんだろう...
この笑顔さえあれば...きっと...
僕は大丈夫。
胸に手を当て、そう思ったのも束の間、再度…唇に優しい感覚が降って来た...
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