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小さな幸せ #2 side Y

起きるにはまだ早い時刻だったが、カーテンを開けた。外を見れば快晴で、この上ない外出日和。隣で眠っていると思っていた冬真は、もう既に目を覚まし、何を見ているワケでもなく、ただただ遠くを見つめていた。 「あれ?起こしちゃったか?」 声を頼りに視線を移し、俺を見つけると、冬真は首を横に振る。 「もう少し寝てても大丈夫だよ。もうちょっと寝る?」 この言葉にも首を横に振る。 「そっか。今日は俊介さんと3人で出掛ける日だよ。わかる?」 今度は縦に振る。 「ひとまず洗濯機回してくるよ。出掛ける前に干しちゃいたいしさ。それから身支度始めようか。」 ベッドから離れようとすると、冬真の唇が動いた。 『よ』『う』『す』『け』 「うん?」 冬真はあの美しいアンバーの瞳を不安気にふるふると震わせ、俺を見つめていた。俺は何も言わずに、左手で冬真の髪を梳くと、冬真は2回目で静かに目を閉じ、3回目で首を横に振り、 『な』『ん』『で』『も』『な』『い』 と唇を動かした。 「冬真...」 モゾモゾとベッドに潜り込み、冬真の隣まで辿り着くと、無条件に彼を腕の中へ入れた。冬真は驚いた様な少し惚けた様な可愛らしい表情で俺を見上げていた。 『な』『に』 「冬真に触れたくなったんだ...ダメ?」 冬真は微笑みながら、首を横に振る。 「じゃあ、遠慮なく!」 少しおどける様に言ってから、冬真を再度抱きしめた。 大丈夫。 外にはまだ素晴らしいものが...たくさんあるよ。 冬真を傷つけるものばかりじゃない... 不安かもしれないけど... ちょっとづつ...二人で探しに行こう。 素敵なもの 美しいもの お前が愛するもの お前を愛してくれるもの 心の中でそんな言葉を繰り返した。トントンと右肩を叩かれ、視線を冬真に移すと、冬真は俺を見上げながら唇を動かす。 『て』『つ』『だ』『う』 『せ』『ん』『た』『く』 冬真が家事を手伝う...それは、冬真がリハビリセンターの更衣室で倒れてから初めてのことだった。とても些細なことだけど、冬真が自らの手で、自分と自分の時間や生活を取り戻そうとしているのだと思った。 幸せを感じた。 本当に嬉しかった。 突然舞い降りた小さな幸せは、俺に大きな喜びをもたらした。 「本当?俺...スゲースゲースゲー嬉しい!」 ベッドから飛び起き、冬真の横抱きにすると、頬に小さいキスを繰り返し落としながら洗濯機のある洗面所まで向かった。冬真はくすぐったそうに、それでも嬉しいそうに、ずっと小さく微笑んでいた。

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