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休日 #1 side Y

何か楽しみを与えてやりたくて、外に対する不安を少しでも取り除いてやりたくて始めた二人だけの飲み会。外気に触れさせるため窓を開け、月や星を愛でながら少量の酒をゆっくりと嗜む、休日前夜の二人だけの特別な時間。その時間は、回を重ねるごとに冬真にいくつか変化をもたらした。 冬真はある日突然、声を発するようになった。しかし、完全に声を取り戻したワケではなく、会話が成立する時もあれば、ただ音を発するだけの時もあり、その音すらも出せない時もあるという実に不安定なものだった。自傷行為もなくなることはなく、何日かに一度は消毒が欠かせなかった。ただ、その頻度が少なくなっていることだけが救いだった。 昨晩も月や星を愛で、酒を飲み、冬真を組敷いた。本能のまま貪るように互いを求め続け、そのままラグマットの海で二人、眠りに就いた。隣で眠る冬真の寝顔は、昨晩の妖艶な姿など微塵も感じさせないほどあどけなく、可愛らしかった。妖艶な夜の姿もあどけない寝顔も、俺だけが見ることが出来て、俺だけが知っている冬真。このまま一日中、ずっと冬真だけを見つめていたい···休日の朝はこんな風に俺に優越感と幸福をもたらした。どうしても冬真に触れたい衝動に駆られ頬を撫でると、瞼がふるふるっと動き、冬真は目を覚ました。 「ごめん···起こしちゃったな。」 「よう···すけ···」 冬真は寝ぼけ眼で俺に応え、柔らかく、ふにっと微笑んだ。 「おはよう!どう?調子は?体は大丈夫?」 「うん···」 「今日も声···聞こえるよ。」 「うん···とても···いい···きぶん···」 「そう···それは良かった。今日はどうする?絵描く?」 「せんたく···」 以前、外へ出ることは恐怖なのだと教えてくれた冬真。次第にウッドデッキまでは出られるようになり、それ以来、積極的に洗濯を手伝ってくれた。俺が朝食を作っている間、冬真が洗濯をする。これが二人の日課となった。朝食を作りながら、ウッドデッキで洗濯物を干す冬真を見ていると、いつでも、初めてこの家を訪れた日のことを思い出した。あの日も冬真はこうして俺の洗濯物を干してくれて···白いシャツが日の光に透けて、体の線が浮き彫りになり、俺は心臓バクバクさせていたっけ··· 「その前にシャワー浴びるだろ?一緒に入る?」 「だめ···せんしゅう···たいへん···ようすけ···ぼくのなか···たくさん···あさから···」 「だってさ···目の前に綺麗な体があるんだぞ。そりゃ、そうなるだろ?」 「ぼく···せんしゅう···うごけない···きょうは···いや···」 「分かったよ···来週まで我慢するよ...」 「うん···らいしゅう···きて···」 そう言いながら頬を朱に染める冬真に、俺はドギマギし、どうしても堪らなくなってキスを落とした。 「今日はさ、午後に三浦さんのお宅にコーヒー届けに行くんだけど···冬真、一人で留守番してる?すぐに帰ってくるから···」 「みうら···さん···ちぃ···くん···」 「ちぃ君?あぁ、三浦さんちの仔猫?」 「うん···げんき···かな···」 「会いにいく?」 「えっ···?」 「行ってみる?三浦さんとちぃ君のご機嫌伺い。」 「でも···」 「無理にとは言わない。冬真の好きにして構わないよ。」 「ぼく······ぼく······」 そう言ったきり、すっかり俯いてしまう。 『時期尚早』 そんな言葉が頭の中を駆け巡った。俺は冬真を引き寄せ、腕の中へ収めた。 ごめん···もういいよ··· そう言おうと思った時··· 「ぼく···いく···」 俺の胸で冬真は小さく呟いた。 午後になり、実際に出掛ける段階になると、冬真は玄関先から動けず、最初の一歩がなかなか踏み出せない。額に汗をかき、深呼吸を何度も繰り返す冬真を見ていると、とても複雑な気持ちになった。 本当はもう充分だろう··· 出掛けてみようって思っただけでも大進歩なんだから··· でも··· ここで辞めたら···恐怖心が更に増大してしまって··· もう次はないのかもしれない··· 呼吸が徐々に早くなり、冬真の右手が左腕を探し始めた頃、俺はすかさず冬真の右手を取り、手を繋いだ。冬真は驚きの目をこちらに向けた。 「大丈夫。どんなときもこうして···冬真のそばにいるよ···」 冬真はゆっくり瞳を閉じた。きっと頭の中で、俺の言葉を繰り返しているに違いない。風が冬真の頬を撫でた時、冬真は瞳を開き、一歩踏み出した。そして、一歩また一歩と歩み出す。玄関前の長いスロープを下り切り、あと数歩で自宅の敷地外という頃、俺は尋ねる。 「ここから先はどうする?」 「い···く······でも······」 冬真がチラリと繋がれた手に視線を落とした。 繋がれたその手を離すことに、冬真は不安を感じている。出来ることなら離したくないし、離れたくない···互いにそう感じている。しかし、他人の目がある以上、俺達はいつでもその手を離さなくてはならなかった。なぜなら、二人とも男性だから。たったそれだけの理由で··· 「行こう!このまま!」 「えっ···?」 俺の言葉に、冬真は信じられないという表情を返した。 「大丈夫!気にするな!」 「でも··」 「この別荘地の人なら、ほとんどの人が冬真の体のこと知ってる。俺達が手を繋いでいても、きっと、リハビリを兼ねた散歩をしていると考えると思うんだ。誰も偏見の目を向けないと思う。」 冬真の表情が、花が咲いたように明るくなった。 「さぁ!行こう‼」 そのまま自宅の敷地を出て、ずっと手を繋いだまま、二人で三浦さんの家を目指した。 久々の外出と、青空の下で初めて繋いだ手と手··· 俺の存在を確認するかのように、冬真は時折、小さく俺の手を握った。何とも冬真らしく、とても愛おしいと思った。だから、それに応えるべく、冬真の指と指の間に指を差し入れ、ぎゅっと強く握り返した。冬真も同じようにぎゅっと握り返した。 これを『恋人繋ぎ』と呼ぶことを、夕食後、俺達はテレビの情報から偶然知り、二人で顔を見合わせた。 「ようすけ...」 「うん?」 「また...いこうね...さんぽ...」 「うん。また行こう!」 「また...してね...こいびと...つなぎ...」 「冬真...」 「いい......?」 「あぁ。もちろん!」 俺はまた堪らなくなり、今夜も冬真をラグマットに押し倒した。冬真は静かに瞳を閉じた...

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