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事件 #3 side Y
事件は目を離した隙に呆気なく起きた…
今日は冬真のN大病院の受診日で、俊介さんと母さんに店を任せ、俺は朝からずっと冬真に付き添っていた。今日の冬真は、声は発せられるものの、会話をするには少し難しい状態だった。それでも、順調に回復に向かっており、来月からリハビリを再開することになった。ほぼ一日がかりの診察と検査を済ませ、会計時に時計を一瞥すると、針は14時を少し越えた辺りを指していた。病院の出入口付近まで来ると、俺は冬真に呼び掛けた。
「冬真?」
冬真はすぐに反応し、俺を見つめた。
「店に連絡を入れても良いかな?店の様子聞きたいんだ。それ次第になっちゃうけど、大丈夫そうだったらちょっとデートでもしようか?まぁ、ダメでもお茶ぐらい飲んで帰ろうよ。」
相変わらず『デート』という言葉に弱い冬真は、すぐさま頬を朱に染めた。それでもどこか嬉しそうに頷いた。
「ついでに車も取ってくるから、ここで待っててくれる?」
そう言って車寄せのそばにある待合室を指し示すと、冬真は一瞬、躊躇の表情を見せた。
「ほぼ一日、診察や検査だったんだ。体も堪えてるだろうし、何より、車まで歩くのは暑過ぎて、冬真の体力、更に消耗しちゃうよ。そうしたらデートも難しくなっちゃう。嫌だろう?そんなの。すぐに帰って来るから、ここで待てって。なっ。」
不安気な表情を残したまま、冬真は頷いた。俺はクシャクシャと冬真の頭を撫で、冬真一人待合室に残し、スマホ片手に駐車場まで急いだ。
店に連絡を入れると、俊介さんは今日一日は自分に店を任せ、冬真のそばにいるようにと言ってくれた。冬真の喜ぶ顔が見たくて、俺は急いで車を走らせる。ほどなく待合室が見えて、俺の精神状態は一変する。今まさに、一人の男が冬真の右腕を引っ張り、どこかへ連れ出そうとしていた。冬真は恐怖のあまり顔をひきつらせ、それを拒むように、左手でベンチをぎゅっと掴んでいた。俺は車を止め、急いで待合室に駆け込み、叫んだ。
「おい!何をしている!その腕を離せ!」
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