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step #1 side W

自分の家のキッチンに立つ、その人をずっと見ていた。最初にこの人を見掛けたのは、幼馴染みが在籍している院内学級の廊下だった。その時、俺はこの人を「イケメン」と表した。何かが違うと思いながらも。 この人を表するのに適した言葉は何だろう?会う度に頭のどこかで考えていたと思う。 結論。 この人は美しい。美しいのは顔立ちだけじゃない。白く透き通るような肌、すっとしたうなじ、顎から首、肩にかけてのライン、長くて細い指先...そう、この人の何もかもが美しい。美しいが故に...こんなにも儚いのか... あの日、葉祐と冬真の家に初めて泊まった日、冬真が眠りに落ちてから、葉祐から聞いた話はあまりにも衝撃的で、言葉が出ないどころか、頭が真っ白になった。 嘘だろ? 只でさえ、あり得ないぐらい過酷な人生ずっと歩んでるのに... 性的暴行って...何だよ。冬真は男じゃないか。 だって、奥野先生は拉致って... あっ......でも...ちゃんと言っていた...『ちょっとニュアンスは違うんだけどね』って... どうしても受け止められなった。どうしたら良いのかも分からない。頭は真っ白、心は空っぽ。こういう時を放心状態っていうんだな。きっと。帰りのバスの中で、揺られながら少し眠ろうと思った。そうすれば、ほんの少しの間でも、この状況から解放されるんじゃないかって気がしたから。でも、目を閉じると、先程までの朝食の光景が浮かんで頭から離れない。 冬真の前に出されたプレートには、メニューは同じなのにも関わらず、俺のものとは違う形になって盛られていた。スティック状にカットされたトースト、ちょっと固めに作られたスクランブルエッグ、少し小さくカットしたトマト、それに反して、少し大き目にちぎられたサニーレタス。この違いについて考えた。そうか、これは手の震えが残ってしまっている冬真が食べやすいよう、取りやすいように工夫してあるのか...冬真との生活の中で、葉祐が試行錯誤して行き着いた形なんだと思うと、とても胸が熱くなった。しかし、食事を始めて間もなく、冬真は静かに箸を置いた。それを見た葉祐は、すかさず離席をして、冬真の隣に目線を合わせるようにしゃがんだ。 「どれどれ。そっか。もう一度箸を持ってごらん。こういう時はこういう風にすると食べやすいよ。ほらね。」 箸を持つ冬真の手を上から握り、一緒に箸を動かしていた。その後、時間はかかったものの、冬真は朝食を完食した。葉祐は冬真の頭をくしゃくしゃと撫でた。冬真は嬉しそうに、恥ずかしそうに笑った。 「うん。今日もはなまる!さあ、もうすぐ俊介さんが来るよ。冬真は歯磨きして、洗濯物干しちゃって。」 葉祐に促されて、冬真はリビングを出ていった。葉祐は後片づけをし、俺は食器を洗う。いつしか葉祐は俺の隣に立ち、食器を拭き始めた。 「いつもああなの?」 俺の問いに、 「まぁね。でも、あれで良いんだ。ジレンマやストレスを一番感じているのは冬真で、それをちゃんと外に向けて発信出来ているんだから。」 葉祐はそう言って笑った。 このまま家に帰っても、この気持ちをどうしたら良いのか分からず、ただ、いたずらにもて余すだけなので、あてもなく市内をぷらぷらと歩いた。早い時間に二人の家を辞したので、市内に戻っても開いている店はコーヒーショップぐらいしかない。いよいよ歩き疲れたので、目に飛び込んできた店に入った。カフェオレを注文し、席に座り、一口啜った。 「葉祐が淹れてくれた方が...美味しいや...」 ポツリと呟くと、スマホが小さく着信を知らせた。メールだ。ディスプレイを見ると、そこには岩代さんの名前があった。すがるような思いで急いでタップした。 岩崎の話、聞いたらしいな。 今晩、17時、病院近くのAっていうイタリアンの店に来い。メシでも食おう。 それまでは家に帰って寝ろ。どうせ昨日も寝てないんだろうから。 メールでもぶっきらぼうな岩代さんが何だかおかしかった。でも...今はこのメールだけが...唯一の救いだった。

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