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失踪 #1 side Shun
『俊介さん!』
スマホの向こうの葉祐さんは、珍しくせわしなかった。普段の彼なら第一声、こちらを気遣う言葉から始まるはずなのに、今はそれもない。
「どうかされましたか?」
『冬真が...冬真が...』
冬真さんの名を言って、彼はそこで黙り込んでしまう。ほどなく、鼻を啜る様な音が聞こえた。
「どうしたんです?冬真さんに何かあったのですか?」
「いないんです。店から帰ってきたら、家の灯りもついてなくて。」
「家の中や近所は?探したんですか?」
「はい。それに...靴もなくて...」
「分かりました。とにかく、今からそちらに向かいます。あなたはそれまで、冬真さんが立ち寄りそうなところに連絡してください。良いですね?」
葉祐さんは力なく返事をした。通話を切ると、慌てて家を飛び出し、岩崎邸までマウンテンバイクを走らせた。岩崎邸に到着すると、すっかり憔悴しきった葉祐さんがダイニングの椅子に座っていた。その姿を見て、連絡先の全てが全滅だったのだと悟った。
「家が荒らされた形跡は?」
呆然とした様子で、彼は首を横に振った。
「靴の他に無くなっているものは?」
「鞄が...冬真のショルダーバッグがない...」
それだけ言うと、葉祐さんは椅子から滑るように落ち、手を床に付き、そのまま四つん這いのような形になった。そして、ガックリと肩を落とした。
「葉祐さん!」
彼は何も答えないまま肩を震わせた。俺は彼の両腕を取り、体を起こして座らせると、
バチーン
彼の横頬を叩いた。彼は驚き、俺を見つめた。
「しっかりしろ!葉祐!君がしっかりしなくてどうする?この時間にも冬真に危険が迫ってるかもしれないんだぞ!」
「うっ...はっ...はい...」
「落ち着いて考えるんだ。こんな風になる兆候は?最近、いつもと違うところはなかった?」
「今朝...聞かれました...一人で...出掛けても良いかって...」
「一人で?外出?」
「はい...もちろん反対しました。少し前まであんなに怖がってたし...でも、珍しく言い返してきて...航の家も一人で行けたから大丈夫だって。あの時は、起点のバス停まで送っていったし、降りるのも終点で、そのバス停で航が待っていただろうって諭しました。もう何回か航の家に行って、一人で出掛けるのはそれからにしようって言ったんです。そうしたら...」
「そうしたら?」
「うん。分かったって...それからすぐ、俺は家を出ました...冬真一人が家に残りました。」
「無くなったショルダーバッグの中に、財布や金は入ってる?」
「普段は入れてません。でも...航の家に行ったとき...持たせたから...もしかしたら...そのまま入れたままかも...」
「分かった。ちょっと待って。」
スマホを取り出し、電話帳から一つの電話番号を探し、通話マークをタップした。
「どこへかけるの?」
「バス会社。冬真さんは、自分の意思でここから出た可能性が高い。彼の移動手段はバスしかありません。ならば、冬真さんを乗せた運転手がいるはずです。問い合わせれば何時頃乗せたのか分かるし、顔見知りの運転手なら何か話をしているかもしれないでしょう?......あっ?もしもし、私、別荘地前停留所そばのカフェ『Evergreen』の藤原と申します。お世話になります。大変恐縮ですが、本日、別荘地前からN駅前行きのバスに、うちの従業員が乗ったはずなのですが、業務された運転手の方で、どなたか覚えていらっしゃる方がいないかと思いまして...はい。はい。そうなんです。はい。ああ、ありがとうございます。はい。よろしくお願い致します。失礼します。」
通話を切ってからほどなく、バス会社から折り返し連絡をもらい、詳細を聞いた。冬真さんは一人で13時台のバスに乗ったこと。乗客は彼一人で、運転業務についていたのは、店によく来店する運転手だったこと。運転手がどこへ行くのか尋ねても、冬真さんは何も答えなかったこと。それでも降車の際、運転手にK町行きのバスの番号とバス停を尋ねたこと。運転手はK町のホームセンターに行くなら、向かいのバス停から無料送迎バスが出ていることを教えたこと。
「K町にお知り合いでもいらっしゃるんですか?」
葉祐さんに詳細を説明した後、すぐにそう尋ねた。
「K町...めったに行きません...2~3か月に1度ホームセンターとその隣のショッピングモールに行くぐらいです。」
「捜索願出しましょう。」
「えっ?」
「冬真さんは自分の意思で外出したと考えられます。何か理由があってK町を訪れた。だけど何かがあって帰れなくなっているのだとしたら...」
「何かに巻き込まれたってことですか?」
「その可能性も否定できません。ここは警察に任せた方が賢明かと。警察へは私が行きます。あなたは、ひょっこり帰ってきても良いように、この部屋で待機していてください。」
「分かりました。」
「では、行ってきます。」
そのまま岩崎邸を辞し、自宅に戻ると、今度は市内にある警察署を目指し、車を飛ばした。
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