240 / 258
失踪 #2 side K ~ Keiko Hiratsuka (okei-san)~
「今日はもう上がりですか?」
「まあね。アンタは?」
「今日は夜勤です。」
「そうかい。大変だろうけど頑張ってな。」
「ありがとうございます。お疲れ様でした。お気をつけて。」
「はい。お疲れさん。」
改札口勤務の兄ちゃんに挨拶をしてから駅の外へ出て、仕事を終えたアタシはいつものように一つ大きな伸びをする。
「全く!店長のヤツ!人のことコキ使いやがって!ええいっ!業務終了!そんなことよりビール!ビール!」
馴染みの店に行くため、改札から右に向かうと、券売機の上にある料金表を見上げる一人の若い男の姿が目に飛び込んできた。あんまりジロジロ見たらはしたない…そう思うのに、この兄ちゃんの美しさから目が離せなかった。
随分綺麗な兄ちゃんだね~
スラッとしてるし、お忍びで来たモデルか芸能人ってところかねぇ~
兄ちゃんは切なさそうに料金表を見上げ、俯き、うろうろと歩き出してはまた料金表の下に戻り、料金表を見上げる動作を繰り返していた。
何だかせわしない兄ちゃんだね~
新幹線に乗りたいのけど、金が足りないってところか?
兄ちゃんは新幹線に乗ることを諦めたのか、こちらに向かって歩き出した。足が悪いのか、若干足を引きずり気味に歩く。そのせいなのか、持っているレジ袋が時折、ガサガサと大きな音をたてた。
あれ?この兄ちゃん...
この兄ちゃんに見覚えがあった。ああ、あの時...海野君が車イスに乗せていた子だ。
...ってことは...
「アンタ、こんなに元気になったんだね!」
そう言って彼に近づくと、彼は驚いて顔を強張らせ、怯えるような目でアタシを見つめ、少しずつ後退りしていた。
「ああ、ごめん。アンタがアタシを覚えてるわけないか。アタシは海野君の知り合いなの。」
海野君の名前を聞いたとたん、兄ちゃんは後退りを止めた。表情も少し和らいだ。
「アタシは駅ナカの立ちそば屋で働いてるの。春頃だったかな...アンタと海野君がたまたま店に食べに来たんだよ。アンタあの頃、車イスに乗っていてね。歩けるぐらい元気になったんだと思ったら嬉しくなっちゃって...驚かせてごめんよ。」
兄ちゃんは首を横に振る。
「今日、海野君は?久しぶりに会いたいねぇ。」
アタシの言葉に兄ちゃんの表情が一気に曇る。
「もしかして...一人で来たの?」
頷く彼に、アタシは矢継ぎ早に尋ねる。
「海野君は知っているの?」
「連絡しなくちゃじゃない!携帯は?」
「連絡先は?分かる?」
兄ちゃんは全ての問いに首を横に振った。
「心配しているんだろうね...今頃...」
兄ちゃんは持っているレジ袋を一瞥して、とても悲しそうな顔をした。
そっか...帰れるのなら、こんなところでいつまでも彷徨ついているはずないし...帰りたくても、ワケがあって帰れないんだ。
その時、兄ちゃんのお腹が鳴った。みるみるうちに顔が真っ赤になって、とても可愛らしかった。
「お腹がすいたんだね。アタシもこれからご飯なんだ。一緒に食べようよ。兄ちゃん、名前は?」
「いわさき...とうま...」
儚げで消え入りそうな、小さな小さな声だった。
「冬真君ね。よし!じゃあ、アタシのリーサルウェポン出しちゃおう!安心しな。海野君には連絡してあげる。」
どうやって?
冬真君が不思議そうにアタシを見つめる。その顔があまりにもあどけなくて、本当に可愛らしい。アタシは背伸びをして冬真君の頭を撫でながら、スマホを片手に電話をかける。
「ああ、将ちゃん?アタシ。今どこ?......家かい。そりゃ良かった。一つ頼まれておくれ。アンタ、海野葉祐君の連絡先知ってるよね?...そうそう、あの三人組の。海野君に連絡しておくれ。『お宅の可愛い子猫、お景さんが保護したよ。晩飯食べさせてから家に帰すから』って。でさ、疲れてるとこ悪いけど、将ちゃんもこっちに来てくれない?そう。朱美ちゃんとこ。この子お腹がすいてるみたいなんだけど、見覚えのないおばちゃんに知らないところ連れて行かれて、二人で食事もキツいだろう?アンタのことは覚えてるだろうからさ、安心すると思うんだよ。今、電話代わるからさ、少し話してやっておくれ。」
アタシは冬真君にスマホを差し出す。
「ほら。相手はうちの旦那。心配しなくてもいい。旦那はアンタのこと知ってるし、アンタもうちの旦那覚えてると思うから。少し話をしてごらん。きっと安心できるだろうから。」
冬真君は恐る恐るスマホを手に取り、耳にあてた。旦那が言っていた通り、その手は少し震えていた。旦那が説明を始めたのか、冬真君が驚きの表情でアタシを見た。
そうやってみんな驚くんだよね...
まっ、アンタが驚いてるのは皆とは違うところだろうけど。
ともだちにシェアしよう!