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失踪 #3 side K (okei-san)

「朱美ちゃん、悪い!2階良いかい?」 「構わないけど、酒と料理は自分で持って上がんなよ...って、アンタ、随分イイ男連れてるじゃないの?どうしたのさ?」 行きつけの小料理屋のママ、朱美ちゃんは冬真君を見てそう言った。彼女とはもう何十年もの付き合い。店の2階は普段、客には開放していない。彼女はアタシのためにここを用意してくれた。いつ来ても使えるようにと、朱美ちゃんはいつでもここの手入れを怠らない。 「だろ?アタシの男友達の中でもピカイチさ。」 冬真君は赤面しながら、朱美ちゃんにお辞儀をした。 「アタシはいつもの。この子にはすぐに食べられて、温まるものをお願い。朝食だけしか食べてないみたいなんだ。それに、ずっと外にいたみたいで体が冷え切ってるんだよ。それから...箸じゃなくて、スプーンとフォーク。出来れば軽いものを。」 「本当に注文の多い客だね!将ちゃんの店じゃあるまいし、おでんをナイフとフォークで食おうって言うの?」 「ダメかい?」 「アタシがアンタの頼み事にNOを出した事があるかい?孫が遊びに来ていたときに使っていた子供用の食器類がある。それでいいか?」 「ああ。」 「さっ、早くお上がり。体が冷えてるんだろう?昨日ヒーター出したんだ。着けてやんな。」 「恩に着るよ。本当。さっ、行こう。ゆっくりで良いから、気を付けてお上がり。」 アタシと冬真君は店内奥の階段に向かった。 冬真君の前にはおでんと焼おにぎり、メラミン製のスープカップとマグカップが置かれた。スープカップには味噌汁、マグカップには熱い緑茶が入っていた。冬真君は焼おにぎりを美味しそうに頬張り、おでんを随分と小さく切って食べた。 「美味しいかい?」 「はい。とっても...」 そう言って微笑んだ。この子はとても綺麗な子だけど、笑うと随分と、可愛らしい印象になるのだなと変なところで感心した。 「ああ。さっき、将ちゃん、いや旦那からメールがあってね。今、俊介さんっていう人がこっちに向かってるんだって。警察に捜索願を提出しに行くところだったらしいよ。」 さっきの笑顔から一転、今度は寂しそうに俯いた。 「何しに来たの?皆に黙ってさ。」 アタシの言葉に冬真君は、持っていたショルダーバッグの中から一枚のメモを差し出した。そこには、和食材の専門店の名前の入った出汁や海苔、昆布の名前とイチゴジャムと書かれていた。 「この店って、K町のショッピングモールに入ってる店だよね?」 「ようすけが...」 「海野君?」 「はい...もうなくなりそう...いかなくちゃ...って。でも...じかんないなぁ...って。ぼく...いえにいるだけ...」 「そうか。代わりに買ってこようって思ったんだね。だからそのレジ袋...それから?それだけだったら、こんなに時間掛からないだろう?」 「それから...しごと...さがして...」 「仕事って...」 「でも...なくて...いっぱいさがした...でも...ない...ぼく...ずっと...あるいた...かなしい...」 「どうして仕事、探そうとしたの?」 「ぼく...いちにち...だれかのせわ...になる...いちにち...ようすけ...まってる...ぼく...なにもない...じけん...あと...ぼく...からっぽ...」 事件? 「でも...しかたない...ぼく...ほとんど...べっどのなか...はなしできない...おおい...て...ふるえる...」 「駅は?駅で何してたの?」 「とうきょう...いこうって...」 「東京行ってどうするつもりだったの?」 「わからない...」 そこまで話すと、もうすっかり俯いてしまって、それ以上、何も言わなかった。 「分かったよ。話しはもういいからさ。温かいうちにお食べ。」 冬真君は焼おにぎりに手を伸ばし、また頬張った。 手掴みで食べられる焼おにぎりは、やっぱり食べやすいのだろう。将ちゃんに教えてあげないと。 それにしても、事件って何だろう? この子をこんなにも苦しめているもの。 コンコン。 ノック音が聞こえ、扉が開かれた。そこには夫、平塚将吾が立っていた。 「岩崎様!」 将ちゃんは冬真君を見ると、嬉しそうに彼の前に座り、冬真君の腕を取った。それでも、将ちゃんが一瞬、怪訝な表情をしたことをアタシは見逃さなかった。

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