241 / 258
失踪 #3 side K (okei-san)
「朱美ちゃん、悪い!2階良いかい?」
「構わないけど、酒と料理は自分で持って上がんなよ...って、アンタ、随分イイ男連れてるじゃないの?どうしたのさ?」
行きつけの小料理屋のママ、朱美ちゃんは冬真君を見てそう言った。彼女とはもう何十年もの付き合い。店の2階は普段、客には開放していない。彼女はアタシのためにここを用意してくれた。いつ来ても使えるようにと、朱美ちゃんはいつでもここの手入れを怠らない。
「だろ?アタシの男友達の中でもピカイチさ。」
冬真君は赤面しながら、朱美ちゃんにお辞儀をした。
「アタシはいつもの。この子にはすぐに食べられて、温まるものをお願い。朝食だけしか食べてないみたいなんだ。それに、ずっと外にいたみたいで体が冷え切ってるんだよ。それから...箸じゃなくて、スプーンとフォーク。出来れば軽いものを。」
「本当に注文の多い客だね!将ちゃんの店じゃあるまいし、おでんをナイフとフォークで食おうって言うの?」
「ダメかい?」
「アタシがアンタの頼み事にNOを出した事があるかい?孫が遊びに来ていたときに使っていた子供用の食器類がある。それでいいか?」
「ああ。」
「さっ、早くお上がり。体が冷えてるんだろう?昨日ヒーター出したんだ。着けてやんな。」
「恩に着るよ。本当。さっ、行こう。ゆっくりで良いから、気を付けてお上がり。」
アタシと冬真君は店内奥の階段に向かった。
冬真君の前にはおでんと焼おにぎり、メラミン製のスープカップとマグカップが置かれた。スープカップには味噌汁、マグカップには熱い緑茶が入っていた。冬真君は焼おにぎりを美味しそうに頬張り、おでんを随分と小さく切って食べた。
「美味しいかい?」
「はい。とっても...」
そう言って微笑んだ。この子はとても綺麗な子だけど、笑うと随分と、可愛らしい印象になるのだなと変なところで感心した。
「ああ。さっき、将ちゃん、いや旦那からメールがあってね。今、俊介さんっていう人がこっちに向かってるんだって。警察に捜索願を提出しに行くところだったらしいよ。」
さっきの笑顔から一転、今度は寂しそうに俯いた。
「何しに来たの?皆に黙ってさ。」
アタシの言葉に冬真君は、持っていたショルダーバッグの中から一枚のメモを差し出した。そこには、和食材の専門店の名前の入った出汁や海苔、昆布の名前とイチゴジャムと書かれていた。
「この店って、K町のショッピングモールに入ってる店だよね?」
「ようすけが...」
「海野君?」
「はい...もうなくなりそう...いかなくちゃ...って。でも...じかんないなぁ...って。ぼく...いえにいるだけ...」
「そうか。代わりに買ってこようって思ったんだね。だからそのレジ袋...それから?それだけだったら、こんなに時間掛からないだろう?」
「それから...しごと...さがして...」
「仕事って...」
「でも...なくて...いっぱいさがした...でも...ない...ぼく...ずっと...あるいた...かなしい...」
「どうして仕事、探そうとしたの?」
「ぼく...いちにち...だれかのせわ...になる...いちにち...ようすけ...まってる...ぼく...なにもない...じけん...あと...ぼく...からっぽ...」
事件?
「でも...しかたない...ぼく...ほとんど...べっどのなか...はなしできない...おおい...て...ふるえる...」
「駅は?駅で何してたの?」
「とうきょう...いこうって...」
「東京行ってどうするつもりだったの?」
「わからない...」
そこまで話すと、もうすっかり俯いてしまって、それ以上、何も言わなかった。
「分かったよ。話しはもういいからさ。温かいうちにお食べ。」
冬真君は焼おにぎりに手を伸ばし、また頬張った。
手掴みで食べられる焼おにぎりは、やっぱり食べやすいのだろう。将ちゃんに教えてあげないと。
それにしても、事件って何だろう?
この子をこんなにも苦しめているもの。
コンコン。
ノック音が聞こえ、扉が開かれた。そこには夫、平塚将吾が立っていた。
「岩崎様!」
将ちゃんは冬真君を見ると、嬉しそうに彼の前に座り、冬真君の腕を取った。それでも、将ちゃんが一瞬、怪訝な表情をしたことをアタシは見逃さなかった。
ともだちにシェアしよう!