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失踪 #5 side Y

失踪騒ぎの一件以来、冬真は少し変わったような気がする。 あの日...冬真と俊介さんと別れたお景さんが連絡をくれた。その電話で、冬真の失踪の理由が買い物だったことを聞いた。言われて冷蔵庫に視線を写すと、確かに貼ってあったメモがなくなっていた。それから、仕事を探していたこと、お景さんが見つけた時、冬真が上りの新幹線に乗車しようとしていたことも教えてもらった。 『とにかく、叱らないでやっておくれよ。お説教じみたことは、うちの旦那がしたからさ。話を聞いて思ったんだけど...多分...やりがいみたいなのが欲しかったんじゃないのかな。仕事を探したのもそういうことなんだろう。だけど、自分でも外で働けないのは分かってるみたい。それでも、もしかしたらって、ショッピングモールや隣のホームセンターの求人案内、無料の求人誌まで見たんだって。あれだけ求人が溢れているのに、自分に出来そうな事がひとつもなくて、自分の価値が見出だせずに、消えてしまいたいって思ったんじゃないかな。東京に行こうとしたのは、そういうことなんじゃないのかね。本人は東京へ行こうとした理由は分からないって言ってたけど。失意のまま無意識に、K町のショッピングモールからN駅まで歩いたみたい。今日は相当疲れてると思うから、ゆっくり休ませてやって。まぁ、あながち悪いことばかりじゃないさ。やりがいが欲しいって思ったことは、前向きになってるって証拠だからさ。それと、大きなお世話かもしれないけど、行動範囲が広がってる。今日みたいなことが今後起こる可能性もある。携帯電話、持たせた方が良いんじゃないかい?』 お景さんの言葉が突き刺さった。 帰宅した冬真は意外にも元気で、それでも『ごめんなさい』ばかりを繰り返した。俺はただただ、無言で冬真を抱きしめ、その晩はずっと腕のなかに収めたまま眠った。 翌日、後ろ髪を引かれる思いで店に出掛けた。営業時間中、ずっと家に一人でいる冬真のことばかり考えていた。営業を終え、急いで自宅に戻ると、今日もついているはずのリビングの灯りが、ついていない。背中に嫌な汗が流れた。 「冬真!冬真!」 焦りが抑え切れず、大声で叫んだ。 間もなくアトリエの扉が開いた。 「おかえり…どうしたの?」 「あっ...いや...リビングが真っ暗だったから...」 「ごめん。あとりえで...え...かいてた。」 「そうなんだ…何を描いたの?」 俺の問いに冬真はクスクス笑い出した。 「みて...みて。」 冬真は俺の手を引き、アトリエに招き入れた。作業台の前まで来ると、その上にあったパスカードほどの大きさの1枚の絵を見せてくれた。そこにはお景さんの横顔とその背後に藤の花が描かれていた。 「ああ...冬真の絵だ......綺麗だな...」 冬真の絵の美しさと、冬真がアトリエで作業したことに対して、感慨深さで胸がいっぱいになった。しばらく余韻に浸っていたが、絵を見て、改めてあることに気が付いた。 「なぁ?何でこのサイズなの?」 冬真はまたクスクスと笑ってから言う。 「しょうごさん...おけいさん、だいすき。おけいさんのそば...ずっといたい...だから...」 「そっか!これなら胸ポケットに入るもんな!考えたな!」 「これはおれい。しょうごさんに。だけど...おけいさんは...とてもしゃい...しょうごさんがおけいさんの...しゃしんもってる...『もう、しょうちゃん』っておこるって。でも...えなら...ゆるしてくれるかなって。」 「しかし、世間は狭いよな。立ちそば屋のお景さんと、あのフレンチレストランのディレクトールがご夫婦だなんて...」 「しょうごさんとおけいさん、ほんとうに...なかよし。ふたり...まんざいしてるみたい。」 「へぇ~そうなんだ...」 「このえが...かんせいしたら...こんどは...あけみさんのえ...かく...」 「あけみさん?」 「あけみさんは...りょうりやさん。おけいさんのともだち。あけみさんのおにぎり...おいしい。あけみさん『たくさんたべなさい』。ぼく...なんどもおかわり。」 「えっ?おかわり?冬真が?」 「うん。」 「どんなおにぎり?」 「しょうゆあじ。のりはないの。ちょっとこげてる...そとはかりかり...なかはやわらかい。おいしいの。ぼく...はじめてたべた...」 「ああ!焼おにぎりかぁ!冬真、初めて食べたの?」 「うん...あっ、またおもったでしょ?せけんしらず...」 冬真が頬を膨らませて俺を睨む。 「そんな可愛い顔で睨まれても...」 冬真の頬を人差し指でツンツンとつついた。 「いやいや。そうじゃなくて、作ったことなかったかなぁって思ってさ。今度作ってやるよ。それに冬真が何度もおかわりしちゃうぐらい美味しい焼おにぎり、食べてみたいなって思ってさ。近いうち行ってみようか?お礼方々、冬真の絵を持ってさ。それと、お景さんご夫妻にもお礼をしなくっちゃ。」 「うん。うれしい。ぼく...え、がんばる...」 「さっ、ご飯にしよっか。」 その時、スマホが着信を知らせた。ディスプレイを見て、俺は冬真にニヤリと笑う。 「ほらっ!噂をすれば...」 冬真にディスプレイを見せた。ディスプレイを確認すると、冬真は徐々に笑顔の花を咲かせていった。

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