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約束の日 #1 side Y
冬真が待ちに待った約束の日の今日、二人してバスの最後部の座席に並んで座り、心地よい揺れに身を任せていた。それでも、冬真は緊張の面持ちを崩せずにいた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。三人共きっと気に入るさ。」
小春日和の柔らかな日射しに揺れる、不安げなアンバーの瞳が美しくも、すがるように俺を見つめる。冬真がずっと大事に抱えている紙袋の中には、自身が描いた三枚の絵が入っていた。
「ホント。俺がもらったらスゲー嬉しいもん。」
「ほんと?」
「うん!絶対!さっ、袋貸してごらん。」
差し出された紙袋を自分の荷物の上に乗せると、冬真の手を取り、つなぐ。いわゆる恋人つなぎ。冬真は驚きの表情を見せ、みるみるうちに頬を朱に染めていく。
「大丈夫。誰にも見えないし、これはおまじない。冬真が緊張しないためのさ。」
「うん。」
冬真は繋がれた二人の手を嬉しそうに見つめた。
「珍しいですね!こんな時間に二人揃ってバスなんて!」
突然、運転手が俺達に声を掛けてきた。バスの乗客は二人だけで、運転手は店の常連客。店を急遽休業にしたお詫びに、魔法瓶に淹れたコーヒーを乗車の際に手渡したのだから、声を掛けられたのは当然のことだろう。驚いた冬真は手を離そうしたが、それを許さじと、俺は更に強く握り返した。
「食事会があるんです。知人のお招きで。」
「ああ。そうなんですか。」
「突然休業にしてしまって、すみません。ご不便おかけします。」
「いえいえ。こちらこそ気を遣わせてしまって。魔法瓶は明日...は定休日でしたね。明後日お返しします。」
「いいえ。いつでも結構ですよ。」
俺達は今晩、お景さんご夫婦との食事会に呼ばれている。冬真の失踪騒ぎの翌日に掛かってきた電話の主は、お景さんだった。冬真の様子を確認した後、お景さんは、頼み事があるので、早急に会って話がしたい、その際に食事でもどうかと切り出した。当初、その食事会のメンバーに俊介さんも含まれていたが、翌日から来週末まで仕事で上京する俊介さんを待つと早急ではなくなってしまうので、ひとまず、俺と冬真だけで行くことになった。お景さんはゆっくり出来るようにと、食事会の日程を翌週の店の定休日の前夜と指定し、その晩、俺達のためにMホテルを予約すると言った。食事会の日程は了承したものの、ホテルの宿泊については丁重に断った。冬真の体調のことを考えると、ホテルの宿泊はかなりありがたい。しかし、Mホテルはまずい。それにユニットバス...かつて、瀕死の状態の自身が無造作に置かれたそれを見て、フラッシュバックを起こさないとも限らない。その断りを遠慮と受取ったお景さんは、冬真の体調を考え、ホテルの必要性を主張した。ほぼ水掛け論になってしまい、仕方がないので、『宿泊は大変ありがたいのだが、Mホテルはちょっと...それにユニットバスが苦手なので、そうなると国内のホテルのほとんどを利用することが出来ない。』と伝えた。それを聞いたお景さんは、それ以上は何も言わず、諦めたように思えたが、その二日後、『ぴったりのホテルが見つかった』と連絡をくれた。正直、食事会の帰りに近くに宿泊できるのはかなり助かる。なので、今度はありがたく申し出を受けることにした。お景さんが予約してくれたホテルは、N駅からも、市内にある全国的に有名な寺院や美術館も徒歩圏内の場所にあった。二人ともそこには行ったことがなく、最近、買い物以外で冬真をどこにも連れて行っていないことに気が付いた。なので、この機会に行ってみようと食事会と小旅行を兼ねることにし、店も急遽休業にした。
冬真のいつでも冷たい手に俺の温もりが伝わった頃、車内に終点のN駅の到着を告げるアナウンスが響いた。
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