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約束の日 #2 side Y

間もなく夜の帳が下りようかという頃、朱美さんのお店に到着した。店内の電気は点いているものの、暖簾がまだ出ていない。店内に入ることを一瞬躊躇したが、約束の時間がすぐそこまで迫っていたので、思い切って入ることにした。 「こんばんは~」 「は~い。」 返事から少し遅れて、朱美さんらしき人が姿を現した。 「お兄さん、ごめんね。今日は貸し切りなのよ。表に貼り紙しておいたんだけど、剥がれちゃったのかしら?アンタみたいないい男、帰しちゃうのホント惜しいんだけどさ、また今度来てもらえる?」 「あの...」 返事に窮していると、俺の背後から冬真が顔を出した。 「あけみさん…」 「冬真ちゃん!」 朱美さんは慌ててカウンターから出て、冬真を抱きしめた後、両手を握った。 「元気そうで良かった!手が冷たいね~早く中にお入り。」 「ぼく...あけみさんにあえて...うれしい。」 「朱美さんも冬真ちゃんにまた会えて嬉しいよ!冬真ちゃん、朱美さんの料理、また食べたいって言ってくれたんだって?」 「あけみさんのおりょうり...おいしい...だから、ようすけにも...たべてもらいたくて...」 冬真が俺を見つめ、朱美さんの視線がそれを追う。 「ああ。お兄さんが冬真ちゃんの家族同然っていう人だね?」 「はい。海野と申します。先日は冬真が大変お世話になり、ありがとうございました。」 「いやいや、アタシは何も。」 「冬真がいつも朱美さんの話をしてくれるんです。優しくて、出してくれたお料理全部が美味しくて、何度もおかわりしたって。食が細くて、そういうことがあまりないものですから、今日は是非とも参考にさせて頂ければと思いまして。」 「そんな堅苦しいのはナシだよ。お景から冬真ちゃんがアタシの料理を食べたがってるって聞いて、アタシ本当に嬉しくてさ。今日は店を休みにして、腕によりを掛けて作ったの。冬真ちゃんもお兄さんもたくさん食べていっておくれよ。」 「ありがとうございます。冬真?」 紙袋を冬真に差し出す。 「あっ...あけみさん...これ...」 冬真は紙袋から絵葉書ほどの大きさの紙を出し、朱美さんに差し出した。そこにはボールと戯れる三浦さんちの仔猫が描かれていた。ボールに前足を乗せ、それを見詰める仔猫の旺盛な好奇心を巧く表現したこの作品は、今にも動き出しそうで、とても可愛らしい。 「素敵な絵だね~仔猫、可愛い。」 「あけみさんにあげます。このまえと...きょうのおれい。ぼく…かきました。」 「冬真ちゃんが?」 「はい。はなをかこうかなっておもった...でも、あけみさんは...おみせをやってるから...」 「ああ!招き猫!」 「はい。」 「朱美さんはこの絵をとても気に入ったよ!大切にするからね。明日早速、額を買いに行って、店に飾らせてもらうよ。ありがとう、冬真ちゃん。」 冬真は頬を朱に染めた。 「さっ、二人とも早く2階に上がんな。お景と将ちゃんがお待ちかねだよ。」 朱美さんに促され、俺達は2階へ上がった。

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