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約束の日 #4 side S (Shogo Hiratsuka)
「冬真に仕事...ですか?」
お景さんの言葉に、二人は驚きを隠せずにいた。
「アタシが経営している店の一つに和食ダイニングの店があるんだけど、この店、アタシが言うのも変だけど、料理も申し分ないし、価格も手頃。客も増えてるし、それなりに儲けもある。だけどね...」
「ああ。ごめんなさい。ちょっといいですか?」
葉祐君が急に話を止めた。それから彼は冬真君と向き合う形に座り直した。
「冬真?今から下に行って、朱美さんの手伝いをしておいで。」
葉祐君がゆったりとした口調でそう言うと、冬真君は不安げに揺れる瞳を彼に向けた。
「俺がどうしてそんなこと言うのか分かるよね?」
不安げな揺れる瞳はそのまま、冬真君はゆっくりと頷いた。
「大丈夫。後できちんと話してやるし、冬真の気持ちもちゃんと聞くから。でも、この場から離れるからといって、自分を卑下することはないからね。今の冬真には、立ち向かうことも大事だけど、自分を守るためにあらかじめ危険を回避することも大事だって、先生も仰ってただろう?何も手伝うことがなかったら、絵を描いていて。それと、朱美さんにどうして下に行くことになったか自分で説明できる?」
冬真君は再度頷いた。
「よしっ!恥ずかしいこともないし、冬真には何の落ち度もないよ。分かった?終わったら呼ぶからね。さっ、行っておいで。階段、気を付けてな。」
冬真君はバッグを持って立ち上がり、こちらにお辞儀をすると、部屋を出て行った。ゆっくりと階段を降りる音が徐々に小さくなると、葉祐君は話を再開した。
「話を折るような真似をして、申し訳ありません。冬真は以前、じ...事故に遭って...そのせいで、長い会話が理解出来ないんです。」
葉祐君は一瞬、言いあぐねる様に言葉を詰まらせた。しかし、直ぐに言葉を繋げた。
「それって、どういうこと?」
「どうしてそうなるのか、実はよく分かってないんです。ただ、医師の見解では、外国語を学んでいる状態に似ているんじゃないかって。外国語を勉強する時、CD聴いたりするでしょう?ゆっくりだったら分かるけど、早くて長文だったら理解するまで時間が掛かる。そうしているうちに、会話はどんどん先に進んでしまって、全く追い付けなくなる。分からなくなった時点で、それはもう会話ではなく、誰かが話しているだけの音に変わるでしょう?どうやらそれに近いみたいなんです。冬真も会話が理解できなくなると、その会話はただの音に変わるって言っています。その音は聞き苦しいノイズ音だったり、音楽の様に聴こえたり様々です。会話が理解できなくなると、今度は一生懸命唇の動きを見て、理解しようと心掛けます。そんなの無理でしょう?心身共に疲れ切ってしまって、床に伏せる時間がどうしても長くなってしまうんです。しばらくノイズ音が続くのもそのせいみたいで...」
「それは...後遺症みたいなもの?」
珍しくお景さんがおそるおそる尋ねた。
「いいえ。四年間、脳波には何の異常もありません。身体的な機能はすでに回復しているはずなんです。それなのに、手の震えや引きずる様な歩き方、言葉に詰まるような話し方は、快方に向かっているものの、未だに消えません。これらは全て心の問題だそうです。今でも月に何日かは寝込むこともありますし、会話が出来なくなるときあります。持病の心臓のこともあります。そんな冬真に仕事って...先日の一件を気に掛けてくださってるのだとしたら、お気持ちだけで...本当に…」
「いやいや、忘れてもらっちゃ困る。アタシは経営者だ。会社の有益を考えつつ、きちんと冬真君の才能を見込んで仕事を依頼しているよ。冬真君に依頼したいのは、和食ダイニングで使用する備品のデザイン。例えば、箸袋や敷紙、常連さんにお出しする葉書を、今、使用している物から、冬真君がデザインしたものに変えたいと考えてる。前々から考えていたんだよ。料理や器、おもてなし以外のものでお客様を喜ばせたいって。だけど、これだっていう決め手に欠けてね。先日、冬真君の絵を見た将ちゃんが閃いたんだ。冬真君の繊細で美しい絵が、箸袋に描いてあったら、ほとんどのお客様がお持ち帰りになるんじゃないかって。そうだろう?将ちゃん。」
「はい。人間、美しいものは独占したいと思いますからね。食事に出掛けた和食屋さんの箸袋に、もしも冬真君の絵が描いてあったら...僕なら持ち帰って、記念にとっておくか、常に目に触れる様にとしおり代わりにするかな。食事が美味しいことが前提だけど、そんな素敵な箸袋、違う季節だったらどんな絵になってるのかなって考えると思うんです。そういうの、楽しいじゃないですか?」
「四年前まで冬真は画家として活躍していました。冬真が画家として社会復帰を果たす...これは俺の夢です。ですから、このお話は本当に天にも昇る思いで、本当にありがたいです。でも、冬真はどう思うんだろう...以前のように描けないと思い込んでいる節もありますから...少しお時間を頂いても構いませんでしょうか?とにかく、冬真の気持ちを最優先にしたいんです。」
「ああ、もちろん。二人でじっくり話し合って決めておくれ。さっ、話は終わりにして食事にしようかね。」
葉祐君の様子や話を聞いて、これが実現するには、かなりの時間を費やすだろう。そう強く感じた。
だけど、僕は諦めない。
どんなに時間を掛けてもいい。二人が納得出来るまで、誠実に彼らの話に耳を傾け、正直にこちらの思いを伝える。僕に出来る唯一のそれを続けていれば、いつか花は咲く。
だって僕はこうして、実際、隣に座る難攻不落のこの人を手に入れたのだから...
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