250 / 258

陰鬱な日々 side S (sho-chan)

葉祐君と冬真君と食事をした帰り道、僕はあの時の彼が冬真君なのだと気が付いてしまった。あれから2週間近くが経過しているのに、僕はすっかり塞ぎ込み、陰鬱な日々を送っていた。お景さんも心配していて、このままで良いはずもない。この感情を自分自身でどうにか整理しないと...そう思えば思うほど、あの日の冬真君のぶらりと落ちた手の残像と吉川さんの話がそれを阻んだ。いっそ、お景さんに話せば楽になるのかもしれない。お景さんのことだ、きっと良い知恵を授けてくれるはず。だけど、この行き場のないの悲しみ、苦しみ、怒りを愛するお景さんに共有させるわけにはいかない... 「将ちゃん?」 ご飯を盛ったお茶碗を差し出しながら、お景さんが僕を呼ぶ。 「あっ、ごめんね。ありがとう。」 「将ちゃん、明日からの連休さ...東京にでも行ってきたら?」 「東京?」 「うん。最近行ってないだろ?地元の友達に会ったり、レストラン巡りしたり...勿論、泊まってきても構わないよ。普段と違うことやれば、ちょっとは気分転換になるんじゃない?」 「あ...ごめん。大丈夫だよ。この時期に連休もらうだけでも申し訳ないのに、妻を働かせて、一人、東京なんてバチが当たるよ。」 「いや、将ちゃんは働き過ぎ。だから良いの。それに一度さ、経験させてみたかったの。糸井君を。彼だっていつまでもうちのプルミエ·メートルってワケじゃないだろうし、もっと大きな店に行くなら、一日ぐらい一人で繁忙日を仕切らせないと。それに、これが上手くいったらさ、二人で旅行も行けるかもしれないだろう?」 糸井君はうちのレストランのプルミエ·メートル·ド·テル。僕が休みの日には僕の仕事を代わりにしてくれている。お景さんはそう冗談っぽく言って笑った。僕に負担を感じさせないように... 「そっか...ありがとう、お景さん。じゃあ...遠慮なく出掛けさせてもらおうかな。」 僕がそう言うと、お景さんは安堵の表情を見せた。 「東京?」 「ううん、葉祐君の店。もちろん日帰り。一度行ってみたかったんだ。店内に冬真君の作品が展示してあるって言っていたし...」 「結局は仕事絡みじゃないの。」 「いやいや。店のバイトの女の子から聞いたんだけど、葉祐君の店、土日は行列が出来るぐらい大人気なんだって。コーヒーが美味しいのは勿論、限定で出されるシナモンロールがとても美味しいんだって。店員さん、三人全員がイケメンなんですよって、随分嬉しそうに言ってたよ。多分、葉祐君と冬真君と藤原君のことだよね?食事を共にするような間柄だって言ったらどうなるかな?きっと驚くよね?言ってみようかな。うふふふ...」 僕はその反応を想像して、思わず笑ってしまう。 「確かに面白そうだね!さっ、夕飯早く食べちゃおう。そのシナモンロール、明日あると良いね。」 僕の笑顔を久しぶりに見たお景さんは、安心したように微笑み、少し嬉しそうにパタパタとスリッパを鳴らしながらキッチンへ消えていった。

ともだちにシェアしよう!