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雪解け #2 side S (sho-chan)

『葉祐は、ああ見えて独占欲が強いの。だから僕はここにいる。』 声を発せられない彼と画面を通して交わした会話。 独占欲が強い?葉祐君が? 何だかよく分からないけど... でもいいや... 悲しみと苦しみの淵にいる君が... そんなに幸せそうに笑っているなら... 彼らの自宅から歩いて7~8分ほどの歩いた場所にある、別荘地共有の温泉へ行くことになった。広さは普通だが、天然温泉で露天風呂もあり、そこから見える星空はとても美しいのだと葉祐君が教えてくれた。温泉に入るのは久々で、僕はちょっとワクワクしていた。 「もうすぐ風呂が沸けるから、俺達が出掛けたら、冬真も風呂入っちゃうんだぞ。」 冬真君は頷く。 「えっ?ちょっと待って!冬真君は行かないの?」 冬真君は再度頷いた。 「えっ?何で?具合でも悪いの?」 今度は首を横に振った。 「じゃあ、僕もここでいいよ。お風呂を頂けるだけでありがたいもの。」 冬真君は僕の手を取り、小さく微笑むと僕の手を引っ張りながらリビングを出ていく。彼に連れられて来たのは、リビングを出て二つ目の扉の部屋で、中に入ると絵の具の香りがした。どうやらそこは、冬真君の仕事部屋のようだった。 「君のアトリエ?」 僕が尋ねると、彼は頷いた。窓際に机が置かれ、その上に一台にパソコンが置いてあった。彼はそれを立ち上げ、何かを打ち込むと、僕にそれを見るように促す素振りを見せた。パソコンの画面を見ると、ワープロソフトが起動されており、そこには、 『将吾さん、温泉行ってきて。』 と打ってあった。 「でも...君だけ内風呂だなんて...どうして?それとも...外は嫌かい?」 冬真君は首を左右に振った。それから少し考え込み、再びキーボードを叩き、微笑んだ。 『葉祐は、ああ見えて独占欲が強いの。』 ディスプレイに並んだ言葉の意味はよく分からない。けれど、その微笑みはとても美しく、幸福のオーラを纏っていた。 『全てを凌駕する』 そんな言葉がピッタリだった。 温泉からの帰り道、葉祐君が僕に尋ねる。 「将吾さん、アトリエで冬真は何て言ったんですか?」 「えっ?」 「どうして温泉に行かないのか説明したんでしょう?」 「よく分かったね。」 「途中ブランクはあるものの、冬真とは長い付き合いですからね。」 「そうなんだ...」 「はい。」 「葉祐は、ああ見えて独占欲が強いから...って。」 「冬真が?」 「うん...意味はよく分からないんだけど...」 そこで葉祐君は吹き出した。 「あはははは...すみません。あははは...」 ひとしきり笑った後、葉祐君は息を整えながら言う。 「ごめんなさい。冬真がそんなこと言うなんて思いもしなかったから。左の胸に大きな傷痕があるんです。小学生の時に受けた心臓の手術の痕...冬真にとって、それは醜いもので、誰にも見られたくないものなんです。温泉に行かなかった理由はそれです。確かにとても大きな傷痕です。でも、醜いだなんて...むしろ、俺は美しいとさえ考えています。適切な言葉かどうかは分からないけど、あの傷痕は冬真が頑張って生きてきた証拠だから。冬真と知り合ったのは、お互い小学四年生の時でした。その頃の冬真は、生を手放しているというか、四六時中、自分の死について考えているような子供でした。毎日花壇に入って、花に囲まれて、死ぬときはこんな風に死のうと練習したりして…再会したのは冬真が25歳になって間もなくでした。15年の日々が過ぎても、冬真は相変わらず頑なで、心を閉ざしたまま。もう花壇には入ることはないけれど、世捨て人の様な日々を送っていました。そんな冬真がユーモア混じりに温泉に行かない理由を話すなんて...俺、ちょっと感動しています。」 「ユーモア?そっか...僕はからかわれたのか...やるな~冬真君。」 「ねえ、将吾さん?」 「うん?」 「冬真のこと、とても大切に想ってくださって、本当にありがとうございます。でも...塞ぎ込むほど心配しないで下さい。」 「えっ?」 「やっぱり...将吾さんの奥様は、あのお景さんですよ?具体的には何か分からないけど、冬真君の何かを心配しているんじゃないかって言ってました。流石ですね。勘が鋭い上に、将吾さんのことをとても理解している。愛されている証拠です。」 「うん......」 「冬真は自ら命を手放したくなる様な悲しい経験を何度も何度もしました。今もその後遺的な症状に苦しめられているし、その症状が複合的に出てしまって、正直、大変な時もあります。俺自身もくじけそうになったことが何度かあります。それでも、生と死の際に立たされた時、冬真はいつだって生を選んで来たんです。一番悲しくて苦しいはずの冬真が闘っているのに、俺が後ろ向きなのってやっぱり格好悪いし、過去に起こった悲しいことを嘆くより、今の冬真に、未来の冬真に、何がしてやれて何が残せるのか考えた方が有意義だなって。考えた結果、悲しい思いをした分だけ楽しい時間を、苦しい思いをした分だけ優しい時間を残してやろうって思ったんです。それに、俺が先に天に召されても困らないように自立をと考えています。青二才が偉そうにすみません。でも、将吾さんにもそう考えてもらえたらと思って...」 そっか...本当、葉祐君の言う通り。 僕は何て愚かだったんだろう。 冬真君の勇気と葉祐君の頑張りに目も向けず、勝手に悲観して、お景さんに心配掛けて... 「ねえ、葉祐君。」 「はい。」 「明日、冬真君の具合が良かったら、君の仕事中、二人で出掛けてもいいかな?場所は市内の家電量販店。チェスのソフトを買って、少し勉強しようかなって思って。冬真君にも同じものを買って、その代わり、君の帰りを外で待たないで、その時間チェスの練習をすると約束させるつもり。帰りは別荘地行きのバス停まで送り、一人で帰らせ、君の店に寄るように伝える。これで僕も楽しい時間と優しい時間をあげられて、自立促したことになるかな?」 「ありがとうございます。きっと喜びます。さっ、急いで戻りましょう!きっと首を長くして待ってますよ。」 僕の陰鬱な心は、すっかり雪解けを迎えた。思慮深く、眩しい笑顔を放つこの青年のおかげで...

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