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10.Tell me(教えて)

* 白島がテルと組んで一週間余りが経った。その間の仕事は恙なく遂行しており、妨害が入ろうとも元殺し屋少年の完璧ともいえる殺傷能力に、もはや敵なしといったところである。 彼が今までどのように過ごしてきたのか謎が多いが、敵を殺すことに一切躊躇いが無い為、「手を抜け」と少年を宥める場合も度々起こっている。 運び屋とは本来、いかに敵を躱して安全に依頼を遂行するかが肝心だ。襲われた際には抵抗する必要があるが、時間を遵守するにはまず第一に逃げることがセオリーである。 という運び屋界の常識を少年は無視していた。 今後運び屋を一緒に続けていくならばそう言った事も教え込む必要があるが、その点に関して白島は頭を悩ませていた。 なぜなら、テルは頭がいい。少し行動を共にしただけでいかに合理的で冷静な判断をしているかよく分かる。それならば、運び屋のセオリーなど、少し考えれば判る事なのだ。 それなのにどうも、テルはわざととしている。 ただの運び屋が死体の山を築けば、この社会では目立つも同然である。 …彼の考えを知る必要がある。そう結論付けて白島は、リビングのソファから立ち上がりテルがいる部屋へと向かった。 元々これから朝食を作るつもりで、テルが出てくるのを待っていたのだ。 扉の前で「おい」と呼びかけるが返事が無い。 仕方なく開けると、ベッドの上でテルが例の薬を飲みこんでいたところだった。 「!」 「…」 入ってきた白島に驚く少年が手に持つ薬も、彼の秘密の一つだ。 白島は無遠慮に近づくと、ピルケースを収めようとした小さな手を抑え、ケースを奪い取った。 ケースの中にあるのは赤と白の模様をしたカプセル。容器自体は透明でただのプラスチック素材。使用量や薬の説明などは一切書かれていない。テルに届かないように腕をかかげそれを観察していた白島に対し、少年は何をされるのかと不安一杯の表情で見上げ、声を震わせた。 「返せ…」 しかし、ケースを渡さず言葉を遮る。 「お前、この薬…お前の体が小さいままなのと何か関係があるんじゃないのか」 車内で発作を起こした時に気になっていたことだ。びくり、と小さな体が反応する。 どうやら図星の様だ。 「これは何の薬だ?成長を促す薬か?」 「あんたには、関係ない…っ」 ぐっと押し潰したような声でテルは飛び上がると相手からケースを取り返した。そして自分のズボンのポケットへしまう。その動作を冷ややかな目で見ていた白島は大きく溜め息をついた。 「確かにお前の過去や事情を詮索する権利は無い…。けどな、今までだって何も答えてくれねえからこの際言わせて貰うが…」 くわえていた煙草を唇から離し歯の隙間から煙を押し出す。白煙はあたりに流れるように漂い空気に溶け込んで行く。 「パートナーを組んでいる以上、お前の勝手な行動で迷惑するのは俺だ。何の事情か目的があるにせよ、何も知らなかったらフォローのしようがないだろ。勿論、それが余計なお世話だとか言うならしねえさ。俺もお前のフォローなんざいらねえよ、真っ平御免だ。薬なんか飲んで健康そうにも見えねえのに…お前にもしものことがあった時、見捨てるぜ?」 彼の視線はテルの瞳へ突き刺さる。 「お互いのミスをカバーできないんだったらパートナーを組んだ意味がない。一人で仕事がしたいんだったら殺し屋に戻れよ」 乱暴な言葉を投げた後、白島は煙草を片手にテルへ背を向けた。 その場に立ち尽くしていた少年は扉の閉まった音でびくりと肩を震わせた。 呆然としたまま、白島の言ったことを心の中で反芻する。何も言葉が、反論が出てこなかった。彼の言葉は当を得ていると思ったのだ。 テルが部屋から出てくると白島はソファの上で寝転がっていた。額の上に腕を乗せ、目元が隠れているため眠っているのか、休んでいるだけなのかは分からない。テーブルの上を見てみるが、いつも用意されているはずの料理が無い。 気配と視線を感じた白島は、動かないまま低く唸った。 「なんだ」 「………腹が、減った」 起きたばかりで空腹なのは間違いではなかったが、白島の迫力に負けて、本来伝えるべきはずの事ではなくどうでもいいことを先に口走ってしまう。少年は、肝心な話をするタイミングを自ら失った。 「…冷蔵庫から適当に出して食えよ」 めんどくさいといったニュアンスで白島は寝返りをうち背もたれ側を向いた。先程のやり取りでどうやら機嫌を損ねているのは確かである。しかしテルはその場を動かなかった。 「料理は、できない」 「そーか。じゃあ俺が起きるまで飢えて苦しんでろ」 素っ気ない返事にほんの少し顔をしかめる。じっとその背中を見つめていたが他にかける言葉が出てこず諦めて自室へ戻った。 テルは元より会話を得意とする性格ではない。育てられた環境もありそもそも他人と話すことが無かった。友達もおらず、家族はいないも同然。 故にコミュニケーションで悩んだことは無かった。喋る必要が無かった、自分の意思を伝えるということに重要性を見出せなかった。言われたことをこなすだけでよかったのだ。 一人の時はただ、感情など無く効率を求め目的の為に動いてきた。それは誰と居ても変わらないはずだった。 しかしこれからは違う。二人であることの意味を考えなければならない。

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