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11.Scout man(スカウトマン)
その日の夜、時刻は午前零時。
ある立体駐車場の三階で、E33ブロックと書かれたコンクリートの太い柱のすぐ横へ車を停めて白島とテルは依頼主を待った。他の車は一台も止まっておらずガランとした冷たい深夜の空気が周囲を漂っている。
運転席に座る男は窓を開けて紫煙を逃がし、エンジンキーをスーツのポケットへ仕舞う。
昼間に少々のすれ違いがあったためかお互いに会話は無い。どことなく気まずい雰囲気の中、二人は別々の方角を眺めて時間が過ぎるのを待った。五分経過した所で入口から派手なエンジンの鳴る音が迫ってくる。
どうやら依頼主が来たようだ。
静寂を破り裂いて現れたのは嫌味なくらい真っ白で平らなスポーツカーだった。運転席にサングラスをかけた男が1人乗車している。強すぎるライトが薄暗い駐車場の中を照らし、自分達のいる車の斜め前へ頭から駐車した。
依頼主のなんとも騒がしい登場に呆気にとられていたものの、白島は車を降り腰に刀を携えると柱の前に立った。その裏側ではテルが身を潜めている。
スポーツカーの男はゆっくりと大股で待ち合わせ場所へ近づく。背が高くモデルの様に体格が良い。
髪は輝くようなブロンド。グレー地にストライプ柄のスーツを着こなし、掛けていたサングラスを外すと胸ポケットへ収めた。青い目をした外国人だ。
「こんばんは、ミスター白島」
名前を呼ばれた事に驚いた運び屋を、依頼主はにこやかに見下ろす。彼は白島よりまだ幾らか大きい。
「またお会いできて光栄デス」
柔らかい音程で言いながら握手のつもりか手を差し出した男に白島はポケットから手を出すも、警戒する。
また?この外国人には初対面のはずだが、と困惑していると灰色スーツの男は笑顔のまま声量を抑える。ぎゅっと握られた手は力強い。
「ワタシはあなたを知っています。先日のパーティでお会いしましたね…ワタシと、ワタシ達のボスにも」
先日のパーティ、思い当たるのは一つしかない。テルの様子がおかしかった日で、北条に声をかけたあの外国人が確かこの男である。そして彼のボスというのは。
「あの時の受取人か」
「Yes、ボスはあなたを気に入りました。ワタシの名前はブランク・ベッタニーといいます。スカウトマンをしています」
ブランクと名乗った男はサングラスの引っ掛かった胸ポケットから白いカードを取り出して白島に手渡す。名刺だ。
軽やかな筆記体と相手とを照らし合わせるように眺めてから車の鍵が入っているのと同じポケットへしまった。
「それは良かった、今回の仕事は何だ?」
「あなた自身の仕事は…これでオワリです」
「何?」
「ワタシの依頼は、あなたとここで会うこと、あなたはあなた自身をここに連れてくること。以上デス」
ブランクは白い歯を見せて微笑んだ。その笑顔に反して白島はますます顔を顰める。
「白島サン、あなたはワタシ達の間で、とても有名です。サムライというクールな運び屋がいると、噂になっています。だからボスはあなたに依頼をしたのです」
「…今日の仕事は、アンタとここで会って終了か?違うだろう?」
『サムライ』とは、日本刀を携えた白島の外見を見て顧客が勝手に広めた通り名である。
それにしても回りくどい言い方をする。
警戒を解かない運び屋に対して、ブランクは大袈裟に肩をすくめるポージングをする。
「…ボスはあなたを仲間にしたいと言っています。ワタシ達の、専属クーリエになってください」
お互いに数秒間見つめ合った。二人とも表情さえ動かさずに固まっていたが白島が先に視線を逸らした。
「断る。俺はフリーの運び屋だ。頼まれれば今だって何でも運んでやる。しかし他から金さえ積まれればアンタのボスに不利になるようなものでも運ぶ」
「どうしてもダメですか?ワタシ達の仲間になってくれるならどんな条件でも呑むと、ボスは言っています」
「残念だが…」
これにはブランクもいかにも残念そうな顔をした。彫りの深い表情が哀しみに歪められる。
「oh、それはとても…とても困ります。ボスはああ見えてとても怒りっぽいのです。せめてワタシと、取り引きをしてください」
「……取り引き?」
返答にスカウトマンは頬骨を上げた。演技臭くころころと表情の変わる男だ。
「簡単な話ですよ。body checkをさせて欲しいのです」
「ボディーチェック?」
それに何の意味があるというのだと、真意を図りかねている所へブランクが一歩踏み出した。向かい合う二人の距離がぐっと縮まる。
「そうです。勿論白島サンがワタシ達の所へ来るなら何もしません。ですが来れないと言うのならアナタの情報だけを貰っていきます」
ブランクの手が白島の左手首を掴んだ。そして頭上まで持ち上げる。
「っ…!」
「ワタシは、より優れた人材を見つけるためのスカウトマンです。そして研究者でもあります」
突然の事にたじろいて腕を引っ込めた。詰め寄られる事で白島の背後に冷たいコンクリートの柱が当たる。都合よく壁面に押し付けられブランクに顎を指で固定される。そして大きな手が捕らわれた彼の頬を挟みその表面をするりと撫でる。
「特別な機械など無くてもこうして肉体に触れることで身体能力を精密に計測することができるのデス。あなた自身の持つ情報を数値化させデータとしていただく事にします」
「…計測!?お前…!ESPか…!」
白島が咄嗟に口にした単語にブランクは目尻を細め肯定的に首を揺らした。
ごく稀にだが仕事中にこういった能力者と出くわす事がある。
ESP、超感覚的知覚。通常とは違う知覚能力を持つ、所謂超能力者の類いだ。その能力の幅は様々だが、空を飛んだりワープをしたりという物理学的な事象に干渉するものではなく、あくまで生物的な『第六感のセンス』という分類にされている。
先程の言葉通りなら、ブランクは肉体に触れて確かめる事で体の持つ情報を得ようとしている。この男を侮ってはいけない。白島はベルトにさしている刀の柄を握った。
「断ると言ったら…?」
その動作を視界の隅で察知した男は瞳を鋭く細め、白島の肩に置く。言い聞かせるような落ち着いた口調だった。
「お互いに不本意な結果を生むだけです。あなたにとっても、Mr桜野、そしてワタシ達にも」
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