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12.Body check(ボディーチェック)

桜野、その名前が出た事で柄を握る手が震えた。今回の件も彼の仲介であり、白島にとっては唯一の仕事の窓口だ。まさに彼に火の粉がかかる事は不本意でしかなく、これまで世話になってきた事を考えればこの場で下手な真似をするわけにはいかない。それを知っていて揺さぶりをかけてくるのだから、見た目によらずマフィアらしい対応だ。 葛藤。身体能力が相手に把握されてしまうリスクや、何故そういった情報を欲しがるのかを考える。 今この場にいるブランク一人から逃れるのは容易い事だが、桜野の店に奴の仲間が張り付いていない、とは限らない。意を決し、体の力を抜いた。 「10秒だ。それ以上触ったら抵抗する」 「ええ、十分です」 白島にとってせめてもの譲歩である。ブランクは喉を鳴らして笑った。まるであやす様に頬に添えていた手で髪ごと後頭部をなぞってくる。 「では、数えてくださいね」 自称研究者だというその男は被験者の胸板からスーツの襟に指を滑らせると、ジャケットの中からワイシャツ越しに背筋に掌を這わせ、ある箇所で止めた。 「…ここに致命傷の古傷」 「……、…」 そうでしょう、と確かめるような声を耳元で囁かれ不快感に聞こえぬ振りをしぎゅっと目を閉じる。滑るような手つきで背から腹部に落ちてくると計測は鳩尾から腰周りへ、ベルトを通り越し臀部にまで及ぶ。あと7秒。空港の身体検査のような形式を想像していたのに、随分いやらしい触り方をする。 「もっと…普通に触れないのか」 「スミマセン〜この触れ方はワタシの趣味です。Mr白島、とても良い身体つきをしています」 「テメェ…」 言葉とは真逆に詫びる気は一切無いようで、ニコニコとはにかむ相手に苛立ちをこらえて奥歯を噛む。あと5秒。 殺意を感じたブランクは苦笑し膝下からふくらはぎ、くるぶしまでを一通り触り終え、立ち上がる。そろそろ終わりに近い。 両脚の身体検査を終えた所でブランクが自身の唇に人差し指を当て口を開けろというような仕草をした。 「何を測定するつもりだ…」 「一分間の呼吸回数、心拍数、唾液の分泌量測定、交感神経と副交感神経の状態確認、メンタルヘルスチェックです」 かも嬉しそうに説明する男に鳥肌が立つ。指を押し込むつもりだろうが、さすがにそこまで許すつもりはない。3、2、1、これで時間切れだと、相手の身体を押し返す。つもりだった。 「…!なに、」 ぶすり、と太ももに針の刺さった感覚。いつの間にか、ブランクの右手に注射器があり、何かの薬剤が流し込まれている。油断していたと思った時には遅く、体の力が抜け、意識が揺らいでいく。倒れかけた白島の身体をブランクが支えた。 「延長ですか?嬉しいデスネ」 と付け加えブランクは白島の顎を上に向かせると、完全に意識が飛んだことを確認する。待ち望んだ獲物が手に入ったと舌なめずりをして、さも愛おしそうな眼差しで無抵抗の男の唇を奪おうとした。 が、突如と柱の後ろから飛び出た気配にブランクはやむなく中断して身構える。白島を抱えていた為に反応が一歩遅れる。 「そこまでだ」 低くともあどけない少年の発音と共に銃のセイフティーの外される音。銃口を向けられた男は渋々白島を置いて離れると、両手を挙げ一歩ずつ距離を取る。 テルは左の銃をターゲットの胸に定めたまま、右の銃で白のアヴェンタドールを指しさっさと帰れと動作で示す。 「ワォ、あなたが彼のバディなんですか?」 ブランクは物珍しげに二人の運び屋へ交互に目配せをした。気配を完全に殺していたテルに気付かなかった事を痛手に思いながら、愛想笑いを崩さず一瞬の隙を狙い素早く右手を懐の銃へ伸ばそうとした刹那、テルの放った弾がマフィアの耳の真横を撃ち抜いた。少し首を傾げるのが遅れていれば頭を撃ち抜かれていただろう。 凄まじい早打ちだ。 「く…てめぇ…!!この変態、野郎…!!」 発砲の音で意識が戻った白島が、額を抑えながらゆっくり起き上がった。その様子を見るなり、ワーォ!と驚嘆したブランクは抵抗するのを諦め、大人しく愛車へと靴底を鳴らして進むと運転席へ座った。 エンジンがかかれば窓がスライドされ、男がブロンド髪を覗かせる。 「悔しいですね、あと少しだったのに!非常に惜しいデス…Mr.白島、またお会いしましょう」 「二度とごめんだ!!」 車はバックして方向転換し、ブランクは途中でテルに向かって手を振った。 「Goodbye, bad boy」 颯爽と嵐が去るのを見届けてから白島は未だにぐらつく意識を戻そうとこめかみを軽く叩く。 身体はまだ痺れて小刻みに震えている。 銃を仕舞って近づいてきたテルは相変わらず無表情だったが何処か憤っているようだ。 「助かったよ。ありがとうな」 白島のミスをテルがカバーした瞬間である。タイミングとしては少し遅かったかもしれないが、これがテルの答えなのだと白島は小さく笑った。 「殺せば良かったんだ」 「確かに殺してやりたかったけどよ、マフィアを敵にまわすのは避けたい…」 それはテルも承知していたのか、あえてあの男を見逃した。ジッと白島の顔を見ながら小さな手を伸ばし肩の辺りを撫でようとする。 彼のスーツの襟裏から少年は一センチくらいの黒い塊を取り出して掲げた。 「なんだ、ソレ」 「…GPS発信器だ」 「アンの野郎…いつの間に」 怒りが込み上げてくるが、気づかなかった自分も自分だと、すぐに力が抜けた。 「お前は……お前は…甘い」 バリバリと靴裏を擦り付けながら段々とか細く尻窄みになる言葉はそれでいても聞き取るには充分だった。 「そうだな…」 「気安く、身体を触らせるな」 明らかに不機嫌だと、パートナーが感情を露わにする光景に白島は面白がって頬が緩んだ。 「なんだ…文句の一つも言えるんじゃねえか」 相手の返事に少年は面食らい、他にも何か言いたげに唇を動かすが言葉が出てこなかった。このどうしようもない不満をどんな言葉で表すのか分からない、そういった様子である。 白島は満足気な顔をすると、ポケットから車の鍵を取り出した。一緒に入っていたカードがハラリと地面へ舞うが気にせずに鍵をテルに向かって投げる。 「先に乗って待ってろ」 テルはそれを受け取るも動かず、白島と同じ一点を眺めながら彼の痺れが解けるのを立ち尽くして待った。

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