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14.Emissary(使者)
白島達が去った後、桜野は後片付けを済ませ店内の照明を全て落とした。カウンターを出て従業員室の戸を開ける。黒い蝶ネクタイを緩めワイシャツの襟元のボタンを幾つか外しながら表面が少し剥がれている臙脂色のソファに腰を下ろし肩の力を抜いて深く息を吐いた。
徐にポケットから携帯電話を取り出すと、登録していた番号を表示し発信ボタンを押す。
呼び出し音を聴くまでもなくすぐに相手に繋がった。
『Hello、Mr.桜野』
「…こんばんは、ベッタニーさん」
『そろそろお電話がある頃だと思っていました。返事を聞かせていただけますか?』
*
「お前、どうして運び屋に転職したんだ?」
店を出て少し後ろからついて歩くテルを一瞥する。前回の仕事の後はどこかへ出歩いていたらしく、聞けなかったことだ。白島はポケットからスマートフォンを取り出して相手へ渡した。神出鬼没な少年の為に用意したものである。
「!」
「連絡とれねえと困るだろ…」
受け取り、目を瞬かせ画面を見ながらテルは、最初の質問に答えた。
「人を、探している…」
「尋ね人が運び屋をしているって事か?」
少年は頷きそれ以上何も言わなかった。
確かに殺し屋でいるよりも機会が増えるはずだ。大規模な依頼があれば他の運び屋達も招集されることがある。二人は駐車していた車に乗り込み仕事へと向かった。
封筒の中の手紙に記されてあった受け取り場所、高層ビルのB2階。運び屋達は従業員用エレベーターで地下へ降り立った。ポーンと電子音が鳴り扉が開く。そこはだだっ広く、コンクリートが剥き出しの壁面に設置されたオレンジのフットライトがぼんやりと進路を照らすだけの淋しい空間だった。
天井にある蛍光灯はチカチカと点滅して今にも消えてしまいそうな物が多く、照明としてあまり機能していない。「工事中」と書かれた看板や黄色いフェンスが非常階段の横に重ねられて倒してある。
依頼人のいる場所を探して踏み出すと足音が遠くまで反響する。
そしてすぐに異変に気がついた。
血の匂いだ。
二人同時に各々武器を出して警戒する。歩きながら周囲を確かめると、前方、広い空間の一角で黒いスーツを来た男達が数人折り重なって地面に倒れているのが見えた。傍に開け放されたトランクが中身と共に転がっており、状況から察するに彼らが依頼人だが、惨たらしく辺り一面に血の海が広がり息をしている者は居ない。
「…!」
「クソッ…!」
死体へ駆け寄ろうと踏み出した白島達の背後、不穏な声が響く。
「遅かったなァ?」
振り返ると見知らぬ一人の男が壁に寄りかかっていた。薄暗がりの中で表情が見えない。
「退屈だったから遊んじまったよォ」
馴れ馴れしい口調でその人物は一歩踏み出し、此方へゆっくりと歩きながら白い粉の詰まった袋を掌の上でぽんぽんとお手玉のように片手で投げて弄んでいる。それはトランクに詰められていた物の一つだ。
徐々に蛍光灯の元へ晒されていく犯人の容姿が明るみになる。
色むらのある鮮やかな桃色の髪に黒いライダースーツの上から赤と黒のボーダーのパーカーを着た青年だった。
「お前がサムライだなァ?」
耳触りな声でキヒヒ、と笑うと持っていた袋を、刃渡りの長い草刈り鎌のような武器で切り裂いた。中身がハラハラと空中に散布し床へ散らばる。
「これでお仕事失っぱァーいだな?」
「てめぇ…!何者だ…!」
白島は男に向かって走り込むと鞘を振り下ろす。青年は後ろへさがった。そして鎌を白島の方へ投げるが、的が外れると武器の持ち手についていたワイヤーを引っ張る。
「オマエを迎えに来た天使さァ」
「どうして俺を狙う…!」
(一昨日といい今日といい、仕組まれてるのか…?)
何が可笑しいのか、甲高い声をあげて笑う青年は今度は両手に二本の鎌を握り戦闘態勢をとった。
「これから仲間になるかもしれねェしなァ、教えてやるよォ…!オレはアシバ…赤猫 さァ」
「赤猫…?」
聞いたことの無い名だ。何の組織か分からないが、こうして妨害してくるのには何か意図があるに違いない。
地を蹴って突進してきた桃色髪の男・アシバは白島には目もくれず後ろにいた少年目掛けて斬りかかった。
テルは仰け反って男の顎と腹目掛けて両手に構えた銃を連射するが、アシバの身の躱しが早かった。
距離をとった敵の右肩に照準を定め撃つ。そして彼の避ける方向を予測して間髪入れずに心臓、脇腹と撃ち込むが男はその軌道を読んでいるかのように弾を避けた。
左手の拳銃をより速い弾が撃てるモデルのピストルと入れ替える。
左を相手の右足、右を左足へ狙って同時に放つ。速度の違いは肉眼では通常捉える事ができない。その差は僅少だ。
(――どちらの足から避ける?)
射出する寸前、トリガーを完全に引き終える前にアシバの右足が先に動く。
「!」
テルは確信した。軌道が読まれている。撃ち終えると右手の拳銃が弾切れの音を知らせた。左の銃で続けて発砲し相手との間合いを保ちながら弾倉を入れ替える。そのほんの微かな隙をついてブーメランのように飛んできた刃がテルに襲いかかった。
咄嗟に銃身で受け止めようと身を庇うも、眼前に現れた影が鎌を鞘で薙ぎ払う。
行き場を失ったそれは回転しながらワイヤーに引っ張られ持ち主の元へ戻った。
「ガキばかりしつこく狙うのは感心しねえな。用があるのは俺なんだろうが!」
「白島…!」
自分の前に立ちはだかった相方にテルは余計な真似をするなと言いかけるが「いいから、」と白島は左手で遮った。
弛んだワイヤーを掴んで投げ縄の如く鎌を振り回しながらアシバは鼻で笑う。
「そらァ無理な話だァ。このチビを殺してお前を連れてくる。これが条件だからな」
「チッ、交渉する余地もねぇか」
刀を構えると鎌鼬のように目にも留まらぬ速さで攻めてくる桃色の影をあしらう。数手打ち合った所で白島もある違和感に気がついた。
自身の反射スピードを自負している訳ではないが、それよりも速く、まるでその場所に攻撃がくるのを待っていたかのように鞘を受け止める男に戸惑いを隠せない。
「ハハハ!どうしたァ?何を躊躇ってる?早くその鞘抜けよォ!」
二対の鎌が黒い鞘の表面をキリキリと引っ掻く。
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