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17.Transition(変わり始める)

翌朝テルが部屋の戸を開けると、白島は肩の傷を隠すかのように慌ててワイシャツを羽織った。傷の具合いは伺えなかったものの、ベッドに座りボタンを留めていく手を見ながら少年は瞳を細める。 「無茶なやり方だった」 「……」 話しかけると白島は片眉を上げた。 アシバの動きを封じるという白島の思惑を承知していたし、体を張ったあの行動は必要不可欠だっとはいえ、今後このようなやり方を繰り返されると流石に目に余る。 まるで自己犠牲を厭わない。 結果的に、今回はテルが白島に守られた形になった。 他にやり方があったかと問われれば直ぐには思いつかないが、少なくとも自ずから怪我をする利点は無い。不満一杯な表情のテルが可笑しくて、白島は頬を緩めた。 「心配してくれてんの?」 「!……」 当たり前だ、と出かかった言葉を呑み込んだ。なぜ当たり前なのか?自身の思考回路に疑問が浮かぶ。 出会った頃はただ事務的に組まざるをえない相手、としか認識していなかった。彼が死ねばまた新しい相手を見つければ良いだけの事。 それが今ではこの男のダメージが少なからず気がかりだ。白島が狙われていると明確に分かり余計にそう感じる。 彼と公私同じくして日が経ち、この場所が過ごし易い環境だと思い始めている証拠だった。 「…死なれると、困る」 「そうか」 正直に心境を伝えるが、白島のニヤついた顔が不服で視線を逸らす。やはり自身の苛つきを適切な言葉で表せない。 部屋から出ようとドアノブを掴んだ時、シーツの上に置かれていた携帯が振動する。白島は手に取りボタンを押して通話に出た。 「なに…?死体が消えた…?」 電話は掃除屋からの報告だった。 『ゾンビやで?白島クン。僕が着いた時にはピンク髪の男はどこにも見つからへんかった。あの血溜まりは確かに致命傷やからなぁ、絶対死んでたはずやケド。まるで自分で歩いたみたいに血痕が非常階段の方まで続いとった。…まぁ、誰かが僕らより先に回収したって見方が妥当やな?じゃあ、そういう事なんで4人分の料金の振込みはお願いな〜』 死体が自分で歩ける筈が無い。キツネにでも摘ままれたような気分で運び屋達は顔を見合わせた。掃除屋の話は俄かに信じ難いが、白島にとって彼もまた昔馴染みであり信頼度は高い。 不審な点は幾つか残っているものの、遺体を回収したのは間違いなくアシバの同業者、赤猫だ。 携帯を閉じ、意を決するとクローゼットにかけてあったモッズコートを羽織った。 「テル、出掛けるぞ。桜野さんの所だ」 BAR blue springの扉は「close」の看板をぶら下げたまま開け放され、湿った地下に日光を取り入れているようだった。階段を降り、店に入るとバーテンダーが床にモップをかけていた。白島とテルの随分早い来店に驚きの眼差しで桜野は清掃作業を止め壁にモップを立て掛ける。 「どうしたんですか?」 「ちょっと、話しておきたいことがある…」 白島は後ろ手に静かに扉を締めると話し声が漏れないように鍵をかけた。その動作を見て、桜野の表情が硬くなる。彼はソファ席に座るように二人を促し、飲み物を用意する為にカウンターへ向かうが白島はそれを制して声を落とした。 「昨日、赤猫っていう組織の奴に妨害されてよ」 「!…赤猫、ですか…?」 桜野は彼らの向い側の席へ腰を落ち着かせるも、険しい顔つきで身を乗り出す。彼もまた組織について聞き覚えが無いようだ。 「おかげで荷物は台無し。届け先の旦那に散々ケツ叩かれるわ、テルを担保にしろとか言い出すわ、謝るのが大変だった…」 昨日の状況を説明する白島の隣に座る少年は真顔で頷く。不慮の事故でも損害は運び屋が負わなければならない。白島にとって初めての失態だった為に、些か大目に見てもらったとは言え、賠償を求められた。 「旦那の所から情報が漏れてないか、一応調べてくれるそうだ。もしかしたら、依頼主の方から漏れてたかもしれないが…取引場所に居た奴らは皆殺しだったよ」 「涼葉組は…私達にとってもお得意様ですし、今回も一切ツールを変えていません。これからはもっと慎重にならないといけませんね」 「俺を狙ってる限り奴らの本当の目的を突き止めないと、今後もこういう事が起きかねないだろうな。だから、暫くの間仕事を休ませてくれ…」 運び屋の申し出に仲介屋は少しの間考え込んで口を噤むも、諦めたように力なく微笑んだ。 「…そういう事でしたら…致し方ありません。分かりました、私の方でも一度その組織を調べてみましょう」 「ああ、悪いな…。頼んだ」 「何かあれば直ぐにお知らせします。くれぐれも、身の安全を優先してください」 桜野に礼を言うと二人は店を後にし、廃ビル横にある駐車スペースまで戻ると車に乗り込んだ。テルが隣に座るのを待って白島は溜息と共にハンドルに両肘をついた。 「お前…どうするよ?」 少年はキッチリとシートベルトを締めてから運転席を見上げる。 「敵の正体がハッキリするまで運び屋の仕事は休みだ。お前は他にやりたい事があるならそっちを優先すりゃあいい…。今日はどうする?目的地まで送るぞ」 「…白島は…」 「俺?…買い物でもすっかなぁ。食材きれてっから」 行きたい場所、やりたい事、探さなければならない事、確かにある。しかし彼を極力一人にしない方がいい、単純な興味に理屈をつけて少年は自身を納得させる。 足を浮かせぷらぷらとバタつかせたあと小さく返事をした。 「…同行する」 * 「おかえりなさい」 研究室の自動ドアが開き男が1人頭を押さえフラつきながら入ってきたので、ブランクはデスクに向かったまま振り返らずに相手に声をかけた。男はドア近くの壁に凭れかかり、くつくつと喉を鳴らす。 「…負けたぜェ、油断しちまったァ」 「…情報収集が出来たので御の字ですよ。はなから彼を連れて来れる事に期待はしていませんでしたが……。ワタシも君が死んで帰って来たことには驚きデスヨ」 ブランクは椅子を回転させ壁際に立つ桃色髪の男を見るなり苦笑した。手にしていたボールペンをくるくると指先で回して弄びながらアシバの身体をくまなく観察する。 「能力に支障はありませんか?」 「問題ねェ。次はやれる」 「ほう、それは良かった。分かっていると思いますが…あなたの命はあと一度きり」 「とんだ醜態晒しだぜ…ハハ、これ以上ねェ恵みだなァ」 充分だ、と悔し紛れに顔を顰め力むアシバを憐れむように白衣を着た研究者は肩を竦めた。 「そんなに気に病むことはありません、あなたは能力ではなく、経験で負けたのデス」 「ハッ、慰めにすらなってねェや。……オレだって手ぶらで帰ってきたワケじゃねェ」 ついでに直しておいてくれ、とアシバはワイヤーの絡んだベルトと血のついた二対の鎌を床へ放り投げて部屋から立ち去った。

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