「掃除屋をタクシーにするんはどうかと思いますわ〜白島クン〜」 嫌味ったらしい口調でワゴン車の運転席に座る男はアクセルを全開にハンドルを大きく捻ると前方に現れた敵を二人ほど跳ね飛ばし、滑り込むように大通りへと走り抜けていく。 「すまん、千坂」 ビルから脱出を図り後部座席に転がり込んだ白島は、謝罪と共に呼吸を整えながらリアガラスから後ろを確認する。赤猫からの招待状の後、敵地に乗り込む準備として念の為、掃除屋の千坂に迎えを頼んでおいたのだった。 テルは窓ガラスを開けると、追っ手の車を狙撃していく。その腕前のお陰で白島達はなんとか危機を脱した。 千坂は座席に落ち着く少年をバックミラー越しに一目見るとひゅう、と口笛を吹く。 「昔のよしみで手伝ってるだけなんやから、今後はこういうのは御免やで」 「分かってる、多めに払っておくから」 「当たり前や。みんなには内緒やで？ウチが運び屋まで始めたなんて知られたら大儲けやからなァ」 ケラケラと笑い飛ばし男は咥えていた煙草を灰皿へ押し付けた。 「で、どうやったん」 白島は低く唸った。 「手掛かりは得られたが、今後も付き纏われる事には変わりなさそうだ…」 「出向いただけの情報はあるんやな」 「まあな…」 一息置いて、先程の光景を思い出すと痺れる手を瞼の上に乗せる。 「一つ気がかりだったのは…お前に処理を依頼した男が生き返って化けて出てきたことだ…」 千坂は新しい煙草を咥えるも、火をつけないままフィルターを強く噛んだ。 「赤猫、か。けったいな話やな…」 ＊ 途中でいつもの愛車に乗り換え、千坂と別れた二人は時間をかけて追手を撒くと人通りの少ない路地の小さなビジネスホテルへ向かった。 「この部屋は前の相方と使ってた、隠れ家の一つだよ」 古臭く寂れたレトロな角部屋で、シングルベッドが二つ置いてあるシンプルな内装だ。白島は先の戦闘で汚れたジャケットを脱ぐと手前のベッドの上へ座り、奥側を顎で示す。 「そこのベッドの裏にアタッシュケースが隠してあるはずだ」 不思議そうな面持ちでテルは隙間へ潜ると、ベッド裏に貼り付けられた二つのシルバーケースを見つけ出した。中にはグレネードランチャーとショットガンが一丁ずつ収められている。どこか嬉しそうな顔つきになった少年はランチャーを肩にかけて構え、照準をカーテンの閉まった窓へ向けた。その様子を見て、白島は少し吹き出す。 「お前にはちょっと無骨すぎるな…」 身体に似合わない武器の大きさをからかわれると、テルはまたいつもの無表情へと戻る。 「他の弾は玄関クローゼットの上だ。二重蓋になってる。…他の所にもいろいろ仕込んであるだろうから好きに探して使え。…もう取って怒るやつもいねえよ」 白島は軽く少年の肩を叩くとバスルームへと向かった。 シャワーの音が聞こえ始めるとテルは言われたとおり室内を探索し始めた。発見した武器や装備品を並べると思わず感嘆の息が漏れる。 白島ではなく、元相方だった者の所持品らしいが隠し武器として放っておくには惜しい代物が幾つかある。これを使っていたのは一体どんな人物だったのだろうか、と小さな疑問が頭を過った。 (――どうして手を切ったのだろう) 続けて浮かんだ言葉に首を振った。そんな事まで詮索するつもりなどない。 使えそうな弾を持ち出して銃の手入れをしていると、ベッドの上に置かれた白島の上着が視界に映り込んだ。ジャケットは裾が切り裂かれ破れている。 (白島が狙われ続けている今、もし、奴(鳴介)について有力な情報を手に入れたとして其の後はどうする) テルの運び屋としての仕事は、兄である鳴介(ナル)が見つかれば終わる事になる。けれどこの状態のままで白島から離れる事について不安のような感情が芽生えつつあるのだ。 白島が狙われている理由、彼の過去について、最初のパートナーだったというナルの事について、テルが抱いている様々な疑問を尋ねれば、彼は教えてくれるはずだ。 しかし、元々離れるつもりでいるのに相手の事情について深入りするのは良くないのではないか。ならば相手に悟られずに知る方が良い。 その様な好奇心に逆らう事ができずに、ベッドへ登るとスーツジャケットの中を確かめるつもりで触れた。 共同生活をしているマンションにすら私物が少ない白島の、唯一の所持品だ。 スーツの懐を探ると薬品の名前が書かれたメモが出てくる。それを仕舞い、今度は外側のポケットへと手を伸ばす。中には車のキーと携帯電話が入っていた。黒い無機質なボディのボタンに触れればロック解除を求めるメッセージが現れた。 勿論番号など知らない。元の場所へ戻そうとしたその時、頭上で呼び止められた。 「おい」 「…！」 慌てて振り返った瞬間、いつの間にか出てきた白島によって右手首を掴まれる。シーツへ身体を押し付けられ抵抗出来ずにテルは恐る恐る相手を見上げた。 風呂上がりで濡れた髪から雫を垂らしながら、頭にタオルをかけた男は転がった自身の携帯を見て怪訝に眉根を寄せる。 「何してる」 覆い被さるしっかりと引き締まった上半身に思わず見とれながらも、少年は微かに怯えた表情を見せた。 「…、…鳴介の事が、知りたくて…」 その返事に、テルを見透かそうと暫し睨んでいた白島は溜息と共に拘束するのをやめ解放した。タオルで髪を拭きながら側を離れる。 「そんな所を探したって何も出てこねえよ…」 どうやら許してもらえた様子にテルは上体を起こし安堵すると相手を見つめる。 怒られずに済んだのは良かったが、甘いと思わざるを得なかった。