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25.Companion(協力者)

「まぁ、引き止めたところでその様子やと、諦める気は無いみたいやし。組織の事ならもっと詳しい人がおるんちゃうか」 * すっかり夜も更けた頃。クリーニング屋を後にした運び屋達は、新たな手がかりを元に次なる目的地――涼葉組の本家へと訪れたのだった。 黒く大きな革張りのソファにどっかりと座る大柄の男、八熊黒雪(やぐまくろゆき)は膝の上で丸くなる毛足の長い洋猫を撫でながらゆったりと紫煙を吐き出した。 「ああ、確かに闘争で壊滅した安曇野(あづみの)組はウチの傘下だったさ。正月早々血祭り騒ぎで胸糞の悪ぃ話だ」 向かい側に座る二人の訪問者を鋭い眦で睨むとそう言い捨てる。 この地域で圧倒的な力を有する名の知れた涼葉組当主の八熊は、白島達を快く迎えたものの千坂から聞いた話を持ち出した途端に表情の雲行きを怪しくした。 「でェ?これがこの間ウチの取り引きを妨害した例の赤猫とやらと関係があんのか?」 「…それは分からない。だが、意図的に安曇野組を壊滅させた謎の集団について知りたいんだよ」 フン、と考え込むように鼻を鳴らした八熊は短くなった葉巻を灰皿へ投げた。 「オメーは爺さんも贔屓にしてたからなぁ、煩わしい連中を捕まえるってんなら幾らでも協力は惜しまねえさ。――んだが、奴らの事となると話は別だ。関わらねぇでくれ」 元より険しい顔を更に険しくした、いかにも面持ちで八熊は唸る。その表情に少し怯みはするものの、白島はハッキリと前を見据えた。 「旦那は覚えていないだろうが…。ナルが…、昔の相棒があの集団の中にいるかもしれない」 たっぷりと間を置いて、八熊は片眉を上げ面白いと言わんばかりに頰を緩め出した。あの野郎か、と思い出したように呟くと膝から猫を降ろし前傾姿勢で白島を覗こうとする。 「…ふうん、そういう事か。なら、奴に落とし前をつけて貰わねェとなあ?」 彼が新しい葉巻を咥えると、すかさず隣にいた側近によって火が灯される。 「奴等がどこの駒かは掴めてねェ、だが目的はハッキリしてる。俺たち組織の純粋な撲滅ってェトコだな。どこのシマの野郎も関係なく無差別に襲撃し、火種を撒いていくのさ。これでも血眼になって探してんだ」 その言葉を待っていたと、すかさず白島は頼み込んだ。 「…邪魔にはならない、手伝わせてくれ。今は他の仕事を断ってるから、一時的に旦那の専属になってもいい」 再び背凭れへ仰け反る八熊は白島の意図を汲み取る形でいいだろう、と肯定した。 いくらお得意様とはいえ、突然の要求を満更でもない様子で引き受けた気前のいい若頭は大きな掌で白島の膝を撫でるように軽く叩いた。 「下手しやがったら、前のように許してやらねェからな」 * 白島達が追われている身である事と、警戒態勢真っ只中である涼葉組と手を組む事になった故に、すぐに行動できるように二人は八熊の配慮で屋敷の一室を借りることになった。 長い話し合いや手がかりの情報精査の後、部屋に着いた白島はスーツを脱いで置いてあった浴衣に袖を通す。広くは無い和室だが小綺麗に整えられてあった。 障子窓を開けると、散りかけた見事な紅葉や松の大木が見える。細かい砂利の敷き詰められた庭園の奥の方には黒塗りの車が何台も停まっていた。 二階に位置するこの部屋からは組員達の話し声や忙しなく動き回る足音は聞こえず、静かなものである。 先程まで隣にいたテルは、何やら組員達に引っ張りだこで物珍しそうに酒の席で絡まれている。というのも、八熊及び組織の人間達には、ナルの弟というテルの正体は隠しているため『腕が立つ変わった少年』という認識のままであるからだ。 テル自身も事を荒立てたくないという状況を理解してか、大人しく相手をしている。 そんな少年を置き去りに、一足早く休もうと腰を落ち着かせた白島の背後で襖が開いた。 「よう」 現れたのは相方ではなく、見事な毛皮が襟元にあしらわれたコートを羽織るこの家の当主だった。会議がひと段落ついたのか、ほんのりと酒の香りを漂わせた八熊は部下も連れずに室内に入ると、躊躇い無しに白島の隣へ座った。 些かか驚いて向き直る相手に薄ら笑み返す八熊は、畳に寝かせてある刀を顎で指した。どうやらご機嫌らしい。 「それ、まだ抜けねェのか」 ああ、と頷いた白島は愛用している刀を目の前の男に手渡した。八熊は受け取ると柄を掴んで思い切り引っ張るものの、僅かにしなる音がした程度で一向に鞘から抜ける気配は無かった。 「…爺さんも物好きだからなァ」 肩を竦め持ち主に返した八熊は懐かしそうに溜息をつく。四年前、白島が仕事の報酬として得たこの刀は、涼葉組先代当主、八熊三七郎(やぐまさんしちろう)から譲り受けた物だった。 三七郎は若いにも関わらず機転の効く運び屋をとても評価しており、何かと理由を付けて呼び出すくらい、特に白島を気に入っていた。 八熊邸には当時一緒に仕事をしていたナルを置いて一人で訪れることが多く、実孫である黒雪に「死に際の我が儘だから聴いてやってくれ」と頼まれたことがある。 先代が亡くなってから此処へ来る事は本当の意味で仕事の時以外、無くなっていた。 普段から感傷に浸る性格では無いが、事情が事情の為にここ数日は特に昔を思い出すことが増えており、珍しく懐かしんでいる白島の表情を読み取った八熊は、ニヤリと笑む。そして腕を伸ばして浴衣の帯を掴むと自らの方へ引っ張った。 突拍子も無い行動に流されて、白島は八熊の懐へ引きずりこまれる。慌てて遠ざかろうと腕を押し返すが、名前の如く熊のようにどっしりと構えた八熊は遠慮がちな抵抗を難なく押さえ込んだ。 「おい……?」 一体どういうつもりだ、と目で訴えるが立場は八熊が上である。彼から逃げ出すには本気で抵抗しなければならないが、相手は長らく世話になっている顧客であり頼み込んで居座っている以上、強く出られない。 腕の中で大人しくなる白島を若頭は目を細めて悪戯っぽく笑った。

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