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27.Scheme(画策)
移動中の車の中、八熊は隣に座る側近にコッソリと耳打ちをした。
「オイ、あのガキは何とか撒けねェのか」
「ヘイ…。それが、なかなか賢いヤツでして…」
二人は困り果てた様子で前列助手席に座る少年を盗み見た。
白島と行動を共にしているだけあってただの子供でない事は周知の事実だが、神出鬼没ぶりと身のこなしには組員達も目を見張る程だ。
運び屋達が涼葉組に身を預けてから数日、彼らは主に八熊の送迎の仕事に携わりつつナルの足取りを探しながらスケジュールを共にしていた。
八熊は車を運転する白島を眺めて眉尻を下げる。先日彼に手を出しかけた所をテルに見つかり、それからというもの近づく隙を一切失っていた。
あの手この手で二人を引き離そうとするが、番犬のように必ず現れるテルによって毎度歯痒い思いを強いられている。無論、此方の思惑を察知されているからだ。
初めて八熊が白島に出会った頃、彼はまだ初々しさを残す成人したばかりの青年だった。ヤクザの跡取りとして生まれ育てられてきた男にとって、白島の実直な清廉さは真新しく、美しく感じ、魅了された。己の私利私欲ではなく人情や道理を優先し、消して約束を違えない男気。三七郎も彼のその部分に関心しており、八熊は祖父につられるようにして可愛がっていた。過大評価しすぎだと言われればそのような点もあるかもしれないが、白島と共に過ごした人間ならば誰しもが気づくはずだ。
しかし、長く闇に身を投じていればいつまでも白く潔くいれるはずがない。いっそこの手に堕としてしまえば余計な埃がつくこともないだろう、そう思い彼に狙いを定めてから早くも5年以上の月日が流れている。
三七郎が他界したあと入れ替わるように白島の相方になった男は『サルバドール・ジョー』通称サルジョーと呼ばれているスペイン人の怪力男だった。
彼さえも白島の本質を見抜いており、護衛のように付いて離れず苦い思いをした。
あの男が居なくなったと思えば、次に現れたのがこの子供である。
一体どんな冗談かと手を叩いて喜んでいたが、今は過去の自分を戒めなければならない。此方の懐に飛び込んできたこの機会が絶好のチャンスだというのに、ますます手が届かなくなる。
白島に対し単純に想いを伝える事は簡単だ。しかし、愛だの恋だのという言葉にするのはあまりに陳腐で彼を捕まえるに足りない。涼葉組の大看板を背負う男のプライドとして、狙うからには必ず手に入れなければならない。
もはや今の感情に「恋愛」と銘打つことに反吐が出る。自身にあるのは「所有」という欲望のみである。
(――そう、欲しいんだ。アイツが)
*
涼葉組の表向きの企業である不動産会社の本社ビルに到着すると、早速会議が行われた。例の集団についての重要な情報が得られるというので運び屋達も幹部の護衛達に混ざって会議の傍聴を許された。
会議室には涼葉組の翼下に収まる組合や同盟にある組のトップが揃って出席しており、挨拶もそこそこにすぐさま本題に入る。八熊の秘書がパワーポインターを起動させた。
「この一年、我々を襲撃し問題になっている集団についてですがようやく尻尾が掴めました。彼らの名前は『アンデゼール』といい、どうやら欧米を中心に活動している連中のようです。
また、どこかの庇護下にある訳ではなく、自発的な独自の集まりである可能性が高く『犯罪組織を撲滅する犯罪集団』という名目を掲げています。便宜上はパルチザンと呼ぶのが適切かと…」
秘書がパソコンを操作すると、アンデゼールのホームページと思われる怪しげな海外サイトがモニターに映し出された。
「インターネット上ではマフィアと抗争する際の資金を集めていますね」
「ふざけおって。何故そんなヤツらがこの国に、ワシらに目を向けとるんじゃ」
「…そのことについて漸く分かったンだが、」
画面を見て大きく悪態をついた他の組の幹部を八熊が遮った。
「一番最初に狙われた安曇野だが、あそこは元々ハッパの輸入を任せていた所でな。調べて発覚したが俺に内緒でアメリカのマフィアと通じて、薬品の密輸に関わっていやがった。取引先は例の久留和製薬だ。あの『不老不死の薬』とかいう胡散臭ェ話を広めてるところだよ」
久留和製薬、その名を聞いて室内が少々ザワつく。白島とテルは顔を見合わせた。
「アンタらの中にも、あいつらの話に乗って株を買い漁ったヤツがいるんじゃねェのか」
耳にするなり難しそうな顔をする面々を見て八熊は呆れたように息を吐いた。
「そのマフィア、ネーロ一家とかいうデケェ所に、アンデゼールは画策しようとしてる。ヤツらは一家の足場を片っ端から潰していくに違ェねえ。だから関わった俺たちまで標的にされるんだ。久留和からサッサと手を切ることに越した事はねぇぞ、ジジィ共」
この見解は彼らにとって今の状況下で最も妥当な推論だったようだ。一見、何の共通点も無いように思われたアンデゼールの襲撃だが、被害にあった組織の数々と久留和製薬との関わりは一致している。八熊は懐を漁って煙草を取り出した。
「だが、手を切った所で…アンデゼールがそもそもの目的『犯罪組織の撲滅』を果たすつもりだったら、俺たちが滅びるまで目を付けられる可能性が高そうだ。それこそ無差別になァ」
会議が終了し各々の持ち場に戻っていく参加者たちを見送った後、白島は八熊の元へ寄った。
「旦那、おかげで助かったぜ」
「…オウ、そうか。で、これからどうするつもりだ?」
米国のマフィアと手を組んだという製薬会社、あのパーティに居たブランクという男と赤猫。マフィアを追うアンデゼール、そして裏社会の有力者達の間で話題になっているという不老不死の薬…ここへ来て一気に繋がりが見えてきた。
「アンデゼールにナルがいるかもしれない。勿論捜して会いに行くさ…」
もう一度そうか、と呟いた八熊は思案顔で相手を近くへ呼び寄せた。
「シロ、ちょっと来い」
油断していた白島のシャツの襟を掴むと自分の方へ引き寄せ、その勢いで口づけた。
「っ…!?」
ちゅ、と触れ合うだけのキスをして離れた八熊は舌舐めずりをしながらテルの方へチラリと視線を向ける。
その嘲笑する目つきを見て少年の毛が怒りでザワリと逆立った。
この場にはテルだけではなく八熊の側近が2名と秘書がいる。誰もが不意打ちの状況に面食らう中、多数の視線を感じて狼狽える白島に対してまさにしてやったりといった表情で傍若無人の若旦那は運び屋の肩を押した。
「なら手伝ってやらァ。ヤツらを誘き出すいい方法がある」
今のが先払いだ、と笑った八熊の挑発に乗せられた事に、テルは奥歯を噛んで悔やみながら無意識に手を掛けていた銃身から手を離した。
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