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31.MemoryⅡ(追憶)

母親の葬儀が終わった夜、響介は騒がしく鳴り響く銃声で目が覚めた。隣のベッドは空っぽで、部屋の扉が少し開いている。隙間から護衛の死体が横たわっているのが見えた。 使用人や組織の者が屋敷内の至るところで倒れている。 これが誰の仕業なのか、教えられずとも分かっていた響介に恐怖心は無かった。鍵がこじ開けられ、明かりがともった父の書斎を覗くと、外套を羽織り旅支度を済ませた鳴介が机や本棚を乱雑に漁っているところだった。 この日は、父親は仕事で屋敷に居ない。 「何してるの、兄さん」 呼び掛けに気づいた彼は響介の元に歩み寄ると束ねた書類を突きつけた。 「みろよ…薬の事が書いてある…。どうりでおかしいと思ったんだ」 書類には兄弟の身体検査の結果や、薬の進行度、新薬の実験結果が記されていた。 「病気にならないんじゃない、俺たちは大人になれないんだよ!ただの実験動物としか思ってないんだ、アイツは」 罵り吐き捨てた鳴介からは憎しみが溢れ出ていた。彼は弟が想っているより母親を愛し、弟が感じているよりずっと父親を嫌悪している。 「あの男は大嘘つきだ!!!!」 再び書類を奪うと証拠になりそうなものを片っ端から集めトランクに詰めていく。 「俺はどんな手を使っても必ず父さんを殺す」 その表情と、あの夕暮れの中で涙を流した母親の面影が重なった。 (――同じだ。母さんも兄さんも俺を置いていく) 彼らの決意はテルが何と言おうと揺らぐことは無い。どうして同じ場所に行くことが出来ないのだろう。 準備を整え窓から飛び降りようとする兄を引き止めた。 「待って、俺も、連れて行って…」 こちらを振り返る氷のように冷たい視線は、響介の心を絶望させるのに十分だった。 母親を見殺した弟と一緒にいけるか、そう語ったような黒い瞳は数秒間こちらを見た後、夜の闇に消えていった。 「お前の兄さんは子供の悪戯では済まされない事をしてしまった。分かるね?裏切り者には死で償わせる。それが自分の息子であってもだ」 一人取り残された響介に託されたのは初めての暗殺任務だった。鳴介を見逃したことも、母を見殺したことも、男は響介を叱らなかった。ただ淡々と受け入れる姿が、少年にとって気味の悪いくらいだった。 兄が飛び降りた窓から外を眺める父の背中は広く大きく、それでいておぞましい。 「兄さんが、言ってた。あの薬は、大きくなれない薬だって。俺たちは実験台にすぎないって。本当なの?」 ゆっくりとこちらを振り返る男は濁ったような灰色の眼差しを少年へ向けた。 「あれは、不老薬といって永遠に老いることのない若々しい肉体を保つ薬だ。勿論、薬を飲んでいる間は病にかかることはない。私はお前達に長生きして貰いたくて与えたんだ」 兄弟達は後に知る事になるが、新薬の開発実験は本来、長い過程を経て人体実験へと移行される。男は自社で密かに不老薬の開発を推し進め、実験過程を短縮し我が子を被検体として薬を投与し続けた。成長期である兄弟は実験結果がより著しく、二人のおかげで目覚ましい発展を遂げるきっかけになったといえる。 「だが、まだ薬は未完成だ。いずれ完成する時が来る。…不老薬の効果を打ち消す対抗薬の試作品は、あの子が奪ってしまった。お前が大きくなる為にはあの薬がいる。これから新しく作る対抗薬は、フィデリオを殺してきた褒美に渡そう」 褒美とはつまり、命令。 男はいつもの薬が詰まったピルケースを響介に差し出した。 いついかなる時でもこの薬を飲み続けなければならない。薬の効果が切れると体が正常に戻ろうとする働きが原因で発作が起き、全身に激痛が走る。しかし、一度狂わされてしまった体は二度と元に戻る事はない。既に症状が出始めていた響介は薬を手放せなくなっていた。 「兄さんを、俺が殺すの…?」 「そうだ。私の仲間も彼を探している。お前に暫く新しい家庭教師をつけるから、引き続き訓練に励みなさい。訓練を終えたら任務だ」 「…分かり、ました」 か細く返事をして少年は窓から遠くに見える空を見上げた。まるで父親の目の色の様に曇っていて太陽が見えない。屋敷のある土地は、一年を通して晴れている事が少なく、冬は雪ばかりで凍えそうに寒い。そんな真冬の最中でも、今日が響介の誕生日だと、祝ってくれていた母親はもういない。 兄までも去ったこの屋敷から、まだ出られる事は無い。一人きりであっても、与えられた任務をこなさなければどのような形であれ死は免れない。ただ、父の道具として、人形として生かされ続ける。そして与えられた使命が、己の生きる意味となる。 響介は歩み寄り、新しいピルケースを受け取った。お互いに視線を合わせないまま、部屋を出ようとした小さな背中に男は思い出したように投げ掛けた。 「ところで、セルジオ。お前は幾つになった」 振り返らずに少年はドアノブを握った。 「11だよ、父さん」 「そうか。大きくなったな」

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