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32.For who(誰が為)

* 暗い地下室で重傷を負ったまま動けない八熊達と、怒りに顔を歪め銃口を向けたままのナル。その中で、銃撃から身を呈して己を庇ってくれた白島の顔を、青ざめて震えながらテルは見上げた。 「どうして…」 尋ねると彼は薄っすらと目を開き唇を吊り上げた。 致死量のダメージを受けたのにも関わらず微かに息を吹き返しゆっくりと呼吸を始めテルを抱く腕に力を込める。 「お前が死んだら…また新しいパートナーと組まされる俺の身にもなってみろ」 その言葉が混乱していたテルの体にゆっくりと浸透していく。 (――そうだ、この男は誰かのためならば自己犠牲を厭わない) それを知っていた、分かっていた。心配していたはずなのに。 こんな風に自分の為を想い、身を呈して命の重さを教えてくれた母親の真意をテルはこの瞬間にようやく思い出し、そして理解した。幼いあの時には分からなかった、そしてこの男に出会わなければ闇に呑まれ忘れたままだった。 一人彷徨い続けた中で失いかけていた感情は白島と出会って呼び覚まされていった。 「ほんと、そういう馬鹿なところ、ちっとも変わらない」 足音が近づきナルが二人を冷たく見下ろす。近づく度、テルを隠すように白島の腕に力が入る。その温かさは痛くも、心地いい。 (俺は生きる、己の為でも父親の為でもない) この男の為に。 もう二度と、見殺しにはしない。 テルは指先を動かし、落ちていたリボルバーを握る。不利な体制から放たれた弾はナルの脇腹の横を通り過ぎた。 咄嗟に回避し素早く距離をとったナルは、舌打ちをして戦闘態勢になる。 つられるように敵意を剥き出し、起き上がって反撃しようとするが、それを白島が許さない。 「離せ、白島」 「やめろ…っナルを殺すな、」 絞り出される声に、テルは一度目を閉じる。そして決心したように己を守る男に囁いた。 「殺さない」 俺は死なない。 迷いのない返事に、白島は目を見開いた。 腕から逃れた少年は、放たれた弾丸のように両手に拳銃を構えるとナルに向かって発砲した。それを避け、対抗しながらナイフと銃を使い分け、暗い部屋に火花を散らせながら両者は戦う。 隠れる場所のない部屋では、銃撃戦も瞬時に勝敗が決した。 「…ッ!!」 素早く小さいテルを暗闇で狙うのは難しく、小回りが利く体格を生かし飛び上がった少年の放つ弾丸はナルの左膝に命中した。ガチン、と部品が外れるような金属音が鳴り、彼はバランスを崩して膝をつく。 その隙をついて銃口を頭へ向け宣言する。 「俺の勝ちだ、鳴介」 「響介ぇぇッ!!!」 苦し紛れに銃を構え直したナルだが、それとほぼ同時に背後に現れた白島が鞘で後頭部を殴りつけた。 「悪ィな、ナル…」 * テルが目覚めると、見慣れた車の中にいた。外は少しずつ白み始めており、場所は分からない。運転席には白島が目を閉じて座っている。背凭れを少し後ろに倒して休んでいるようだ。 (――白島…、生きている) 寝かされていた後部座席から身を乗り出し、彼の肌蹴た胸元に手を伸ばして傷を確認するが、処置の後どころか銃痕一つ無い。 騒動の後、八熊達を無事に救出しナルを捕獲した。白島は銃弾に倒れたにも関わらず、まるで何事も無かったかのように復活し、事後処理の手伝いを行なっていたのである。 その姿に驚愕し、どっとした疲労感にテルは意識を手放してしまっていた。戦闘中は有利に働いた小さな体も、肉体にかかる疲労は子供と変わらず不便である。 ぼんやりとした頭の中で、彼が死にかけたのは夢だったのだろうか…と思いつつも、破れた衣服や血染めの赤黒いシャツを見る。それは現実に起きたことをありありと物語っていた。 一体どういうことだ、と困惑するテルの視線に気づいて覚醒した白島は、瞼を開くと少し首を捻り普段と変わりのないトーンでテルに話しかけた。 「大丈夫か」 「…ああ、」 低く落ち着いた声に安堵するも、それはこちらのセリフだと、言い返したそうな少年の頭を撫でた男はゆっくり息を吐いて苦笑した。 「お互い、黙ってることが多すぎたな」 それは明るみになった事の、全てを指していた。 今回も白島はかなり無茶をしたが、それなのに無傷のままでいることとも関係がある。彼の胸元を指差せば白島は困ったように眉尻を下げた。 「俺は生まれつき、人より頑丈にできてんだ」 この治癒力は頑丈という域を超えている。 思い返してみれば以前にアシバと戦った時も、麻酔で撃ち抜かれた時も、どうりで回復が早く並ならぬ丈夫さだと驚嘆していた。 首も肩も胸も脚も、怪我の痕跡すら残っていない。 常人には無い特別な体質。 「白島は、ESPなのか…?」 その疑問に彼はふふふ、と口を閉じたまま笑いポケットから煙草を取り出した。 「違えよ。そんなんじゃねえんだ」 火をつけ咥えると「それより、」と相手に続ける。 「お前はこれからどうするんだ」 運び屋に転職して白島と組んだのは、元よりナルを見つけるまでのはずだった。彼もそれを分かっていたはずなのに、新しいパートナーを探すのが面倒だと嘘をついて守ってくれた事が少なからず嬉しかった。 (…どうするのか) 生き続ける事は無理なのだと諦めようとしたら、白島に救われた。それでいて、ナルを殺すことも許さなかった。 当初の目的は潰え、もはや対抗薬は諦めるしかなく、手ぶらで父親の元へ帰ることは出来ない。 死ぬ未来は見えていても、不思議と後悔の念は無かった。それよりも胸のつっかえが取れたような、吹っ切れたような清々しささえ感じている。 今ある薬が尽きるまで、残り少ない時間を、できるなら最期まで。 「…一緒に、…いたい」 遠慮がちに告げると真剣な瞳が真っ直ぐに少年を見ていた。居たたまれなくなり、テルは顔を見られないように俯く。 白島はすぐに口元を緩めると「おう、」と小さく返事をし、相方の体を己の胸へ軽く抱き寄せた。 「そんな泣きそうな顔で言うなよなぁ」

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