34 / 35
34.Efficacy(効果)
「爪が、伸びている」
二人に向かって小さな手を見せるテルに対し、親子は顔を見合わせた。
「…?伸びたなら切ればいいじゃねえか」
「もしや…!!!」
疑問を浮かべた白島に対し、景造はすぐさまテルの手を取り観察していたが間も無く驚嘆の声をあげた。
「ほほぅ成長し始めたんじゃなぁ!」
「…!って事は、今まで爪の成長すら止まっていたってのかよ…」
「…そうだ。…爪は伸びるものだというのを、忘れていた」
テルの言葉に衝撃を受けた二人だったが、輸血の効果が出た事実は喜ばしい。運び屋の二人が景造の家に留まり療養を始めて幾日か過ぎ、漸く著しい結果がでた瞬間である。
身体が成長を始めれば、死は少しずつ遠ざかっていくはずだ。
白島は思わず嬉しそうにテルの頭を撫でた。
「良かったじゃねえか」
「…白島の、おかげだ。それと、景造も…」
表情の変化が乏しいテルの唇が、僅かに弧を描く。喜んでいる、その感情を読み取ることが出来た白島は、出会って1ヶ月余りになる相棒の変化に驚いた。
「そんな風に礼を言えるようになるなんて、俺はこっちの成長の方が驚きだぜ」
「ワシも孫の成長を見られるようで嬉しいぞぉ」
「だーから!孫じゃねえって言ってるだろうが…」
もはや見慣れた光景となった二人の掛け合いを見届けていたテルだったが、不意な眩暈によって意識を奪われる。突如と床へ倒れそうになった体を咄嗟に白島が支えた。
「…テル?!」
「…!!」
景造が慌てて容体を確認する。くったりと瞼を閉じたテルは白島の腕の中で規則正しい寝息を立て始めた。
「眠っているようじゃな…」
「そうか…、」
大事は無いようでホッと安堵をすると、身体を抱え上げ寝室へと運んで寝かせる。
「成長は良い兆しじゃが、思ったより体に負担がかかっている様じゃ…暫く安静にさせる方がええぞ」
「…分かってる」
体が成長して生き延びることができたのなら、危険な世界に留まり続ける必要も無くなる。そうなればいいと、白島は祈る気持ちで部屋を後にした。
テルの体は成長を始めると同時に殆ど眠っていることが多くなり、起きている間は成長に必要な栄養を蓄える為に多くの食事が必要になった。
その成長スピードは通常の幾倍も早く、まるで今まで止まっていた時間を取り戻そうとするかのように進んで行く。一度再生を始めた体は自然に成長が止まるまで見届けるしかない。
「不思議じゃのう…再生細胞は遺伝子に刻まれた成長のメカニズムまでを読み取って、再生するのかもしれんのう」
診察室でテルの身長を測りながら景造は興味深そうに記録を眺めて呟いた。爪や髪が伸び始めたことをきっかけに、僅か数日で3センチも成長している。
「薬の発作とやらも起こる気配は無いし、体も問題なく再生しているようじゃ」
輸血を始めてからあの薬はもう必要ない。その束縛から解放はテルにとって大きな意味を持つ。
父親、そして母親、兄との繋がり。
家族がいたあの屋敷に、過去に閉じ込められていたままの体は成長を皮切りに、新しい繋がりを得て少しずつ前へ踏み出していく。
身体検査の後、いつも通り診察台に座ると、景造が白島の血が入った輸血袋を携え準備を始める。いつもは本人の隣で直接貰い受けるが、今日はテルが目覚めてから姿が見当たらない。
「白島は…」
「出掛けとるよ」
服の袖を捲って採血を行い、すぐさま腕からチューブを繋いで輸血をする。処置が終わるまでの間、テルは思い切って尋ねた。
「白島に、母親はいないのか」
「…もちろんおるとも。ワシは結婚しとらんがの」
景造は少年の疑問に臆する事なく微笑んで答えた。
「拓人の本当の両親については謎が多くてのぉ…殆ど何も分からんままじゃ。拓人という名前もワシがつけた」
白島は産まれた時からずっとこの闇医者と二人で暮らしていたという。
彼らの過去について知りたそうにするテルの好奇心を汲み取ったのか、老人は優しく語り始めた。
「もう随分昔じゃな…ある日の夜、夫婦が突然押し掛けてきてのう、妊婦の嫁さんの方が破水して出産直前じゃった」
夫の方は彼女を託すと、赤子が産まれたら妻と一緒に引き取りに来ると言い残しすぐに出て行ってしまった。闇医者の所を頼ってくるぐらいなので、不穏な事に関わっていたことには違いない。
しかしその時は急を要した為に事情が聞けなかった。
「無事に産まれたのは良いが、ちょいと目を離した隙に母親が部屋から忽然と居なくなってしもうたんじゃ。出口に向かって僅かに血痕が残っておったが、赤子を産んだばかりで動ける筈が無い。もしや旦那が連れ去ったのかと思うたが、赤子はわしの手元に置いてけぼりじゃ」
その時の光景を思い出し溜息をついた景造はテルの隣へ座った。
「母親が自力で出て行ったとしたら…彼女には再生細胞があって、拓人の体質は遺伝的なものだと言える。あれから両親の出迎えをずっと待っておったが、…今日まで何も音沙汰なしじゃ」
ともだちにシェアしよう!