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第3話

約十年前、俺は中学を卒業後地元の高校には入らず住んでいる家から少し遠い進学校に入学をした。 電車やバスを乗り継ぎ、通学に掛かる時間は三時間。 それも片道が三時間であって、往復すると一日のうち合計六時間が俺の通学時間となって消えた。 そこまでしてこの高校に入りたかった理由はやはり大学へ進学をしたかったからであろう。 しかし地元から離れているため知り合いはほとんどいなく、少なからず俺の心中には一抹の不安があった。 そんな俺がこの高校で初めて友人となったのが同じクラスの小杉山崇弘。 まだどこか中学生の面影を残す他の同級生とは違い、その風貌や理屈をこねた毒舌っぷりが興味をそそられどちらからとも無く話しかける。 もともと席も近い上、馬が合ったせいかそのままよくつるんで行動を共にすることもあったし、昼食を一緒に取ったりもしたものだ。 気兼ねのいらない友人。 二人の関係にはこの言葉がしっくりと当てはまるような気がする。 小杉山は軽音楽同好会所属で俺はと言うとラグビー部に所属していたこともあり、放課後はほとんど会うことは無く専ら教室内限定の友のようではあったが、高一の時では一番の親しい友人だと俺は思っていたし彼の方もそうであると信じていた。 何が彼を変えたのかは分からない。 が、実際に彼の様子はある日を境に急激に変貌を遂げた。 …裏切りは、思い掛けず突然に訪れる。 それまでの彼からは想像も出来ないような『激しさ』。 その波に飲まれてしまった俺のほうが罪なのか、それとも…。 いずれにせよ、俺たちは道を踏み外してしまった。 道徳という人として最も大切であり重要な心を。 およそ十年前のある日。 その日の放課後、俺は一人教室で数学の課題に取り組んでいた。 十一月の後半。 ラグビーの試合も一通り済み、これからは自主練が主となるので本来ならばいつもより早く帰宅出来るのだが今日は運悪く放課後担任に捕まってしまい、溜まっていた課題を残ってやらざるおえなくなってしまったのだ。 窓の奥の景色に目を向ける。 夏場なら夕暮れで赤く山並みに沈む太陽を眺められるが、冬の訪れと共に日の照る時間は徐々に短くなり、俺がようやく課題を全て終えようとした時には外はもう暗闇に包まれていた。 (あと少し…さっさと終わらせてしまおう) 焦るように忙しくプリントに文字を書く手を動かす。 それもその筈、市内から大分離れている俺の家へと通じる電車は本数が極端に少なく、一本でも乗り過ごしてしまえばかなりの足止めを食らってしまうからだ。 今終わらせて急いで駅へ行けば何とか午後六時発の電車に間に合うかもしれない。 そんなことを考えながら机に向かっていた時、誰かが廊下を歩く気配を感じ、それとほぼ同時に教室の扉がガラリと音を立てた。 「まだ帰ってなかったのか」 「小杉山…?」 机に向けられていた視線を声のする方向に移すとそこには同じクラスの小杉山が立っていた。 確か小杉山はホームルームが終わってすぐに家に帰ったんじゃなかったっけ? 数時間前の記憶を思い出し、俺は妙な違和感を覚えた。 しかし脳内を過ぎった感覚もいつの間にか消え失せてしまう。 黒の制服に黒いフレームの眼鏡。 同じ制服を着ていてもこんなにも違いがあるのだと嫌でも実感させられ、魅入ってしまっていた。 「ふーん。珍しい、居残りか。課題が終わんねーの?」 「いや、丁度今終わったよ。それより小杉山こそこんな時間まで学校に居るなんてどうしたんだ?いつもならもうとっくに帰っている時間だろ」 俺は目の前に立つ長身の小杉山を見上げながら尋ねた。 見れば今の彼は着ているのもこそ制服ではあるがバッグ等の荷物は一切持っておらず手ぶらの状態だ。 すると彼は暫くした後、口角を僅かにくっと歪め喉で低く笑った。 その様子はどこか妖艶としている。 何かがいつもと違う、と本能で俺は感じ取っていた。 「そう、だな……あえて言うなら『この時を待っていた』って所かな」 「は?何言ってんだお前?」 発せられる言葉の意味が本当に分からず眉を寄せて首を捻っていると、小杉山がそっと俺の腕を掴み上げた。 そして…──。

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