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第9話
「どうしたそんなに震えて。まだ何もしてないだろう。それとも…」
昔を思い出して身体が疼いてきたのか?と、小杉山は悪びれもせずに言う。
「お願いだ…もう放して…くれ……」
「どうして?」
「お前といることに、堪えられそうにない…」
小さく細くぽつりぽつりと心の内を告げると、小杉山は俺の願を無視して逆に両手を押さえる手に力を込め、脚の間を膝で割って自らの脚を進入させた。
「なっ…小杉山!」
「お前が俺を拒むなら、馴らすまでだ」
迫りくる予感に手足をばたつかせようとするがそれもままならず…。
高い身長を屈めて小杉山の繊麗な顔が近付く。
吐息が重なり、そのままそれを塞がれた。
「んん…!」
厚い唇が触れる感覚が生々しくて、両腕に力を入れるが小杉山の力の方が強くて離してはくれない。
見た目からは想像も出来ない程の力だった。
脚で暴れようとすると割いてきた小杉山の太股が俺の敏感な箇所を掠めて力が抜けてしまい、その刹那、僅かな唇の隙間に彼の舌が入ってくる。
「ふぅん…っ、んっ…んん……」
淫らな音を立てて俺の舌に吸い付き、また、歯列をなぞったりと縦横無尽に蠢いている。
溶けるくらいに熱くて、次第に思考が停止し始めてきた。
息苦しくて鼻に掛った吐息が漏れ、それが小杉山を煽っていた。
一度離れると銀色の糸が二人を繋ぎ、引き寄せられるように角度を変えてまた繋ぐ。
子首を傾げて口付けされるのを、俺は受け入れることしかできないのだ。
「も……ゃっ…っ」
小杉山の空いている方の手がスーツの中に入り込み、シャツ越しから俺の乳首をまさぐってくる。
生理的に目には涙が溜り、うっすらと目を開くと視界がゆらりとぼやけた。
小杉山の肩越しからチラリと見えるエレベーターの階数表示。
それが段々目的地までのカウントを始める。
(あと七階、六階、五階…あぁもう、駄目っ!)
どうしようもなくなり、覚悟を決めて瞼にギュッと力を入れて目を瞑り、やがて訪れるであろう羞恥に必死で耐えようとした。
このままこのエレベーターの扉が開いてしまえばきっと他の人に見られてしまう。
そんなことになったら、俺はこの先どうしたらいいのか…。
でも、俺の危惧するようなことは起らなかった。
唇がチュ…と音を立てて俺から離れたかと思うと、それまで決して離すことのなかった両手が解放され、小杉山が俺の側から離れていったのだった。
「残念だが時間切れだ。この続きはまた今度にしよう」
去りぎわに小杉山は耳元でそう囁いてきた。
その場に佇む俺を尻目に、小杉山はエレベーターの扉の前に立ち、悠然とスーツの乱れを整えている。
そして──。
《チン……》
エレベーターがガタッと少し揺れ、同時に扉が徐々に開いていく。
幸いにもこのエレベーターに乗ろうとしていた者はなく、開いたドアの向こうには誰も立ってはいなかった。
小杉山がエレベーターから降りる間俺は放心したように呆然とその後姿を見送っている。
息を軽く乱し、床に落ちそうになる身体を必死に支えて。
「界斗」
中々エレベーターから降りて来ない俺を見て、小杉山は振り向きざまに俺の名前を呼んでくる。
優雅にこちらを見下ろしてくるその姿と馴れ馴れしく呼びかけるその態度が、やけに癇にさわった。
「俺とお前の関係、彼女や淳二は知っているのか?」
「…あるわけ無いだろうそんなこと」
馬鹿げたことを聞いてくる、と思いながら戒められていた手首をいたわるように擦り、ぶっきらぼうに返事をした。
でも小杉山は愉悦とした表情をし、何故か楽しそうだった。
含み笑いが思わず声に出てしまうほどに。
エレベーターから離れた足の向きを変え、こちらに向かってくる。
エレベーターの扉を開かせるように両腕を広げ、未だにその場から動けない俺に話しかけてきた。
「じゃあもし俺たちの関係をバラされたら、大変なことになるだろうな」
小杉山は斜めを見上げ、考える素振りをした。
「何を、言っている…小杉山。俺を脅しているのか」
「別に。言葉通りの意味ですよ、谷口課長。それにそれはあなたの解釈次第ですしね」
小杉山はわざと言い方を変え、不馴れとも思える敬語を俺に使い、それだけ言い残すとエレベーターとは反対を向いてその場から去っていった。
真っ黒なスーツに身を纏い、確かな足取りで。
その姿を静かに見守っている間、俺の心中は穏やかではなかった。
湖畔にさざなみが沸き立つように。
それは嫌悪や疑念、焦燥といったものだったが、それとは違う別の感情くすぶっている気がした。
今も熱を持って火照る身体。
それが何よりの証拠だった。
耳元で囁かれる熱っぽい吐息が身体に染み付いて忘れさせてくれない。
少し湿った自分の唇の縁を指でそっとなぞると、独特なコロンの香りがまたふわりと舞い上がったように思えた。
眉間に皺を寄せて軽く下唇を噛みしめる。
翻弄されてしまうこの身体が、ひどく憎かった。
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