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第37話

「翔平、どうしよ……俺」 眉根を寄せながら、冷たいおしぼりを額に当てて、助け舟を出した。 あんなに自信満々に好きになるはずが無いと、三カ月前の翔平にこの場で言い切った筈なのに、こんな短期間であっさりと約束を破ってしまうとは。 翔平は大好物のたこわさに箸をつけて口をモグモグとさせた。 「どうしようも何も、好きになっちゃったもんはしょうがねーじゃん」 「いやっ、相手は芸能人やで?!それにあんな美人な彼女もいてるんよ!好きになってええはずがないやんか!」 俺はテーブルを両手で叩き、慌てて捲し立ててしまうけれど、翔平はそれに物怖じせず、ヘヘッと笑うと、自分のグラスを持ち上げた。 「じゃあお前、明日から大好きな酒飲むのやめて下さいって急に言われたら、やめられんの?」 う、なんだかそれとこれとは話が違う気がするけれど、とりあえずお酒と景の事を考えてみて、暫くしてから顔を上げた。 「やめられない、かも……」 「だろ?人の気持ちだって同じだよ。急に変えるなんて出来ねーの。そのまま突っ走りゃあいいじゃーん」 「突っ走るったって……」 突っ走る、で思い出した。 あの日、飲み屋で女の子達に景だという事がバレて、夜の街を一緒に突っ走った。 あの時はとにかく逃げなくちゃと必死で気付かなかったけど、あれって恐怖や不安を一緒に体験した人に恋愛感情を持ちやすくなるという、いわゆる吊り橋効果というやつなのか? 全部、景のせいだ。 俺に優しくするから、きっと俺の脳がまんまと騙されて景という蟻地獄から抜け出せなくなったんだ。 どうしてくれる、藤澤 景。 「あぁー!やっぱあかんよ!許される事じゃあらへん……」 「えー、いいじゃん別に。景も修介の事大好きじゃん。今だって、わざわざ仕事の合間縫ってお前に電話して来たんだろ?」 「そ、そうやけど……」 「景が俺の事煩いから誘わないって言ってんのだって、結局はお前と二人でいたいからって事だろ? いいじゃん、一緒にいられんだから。好きなら好きで」 そんな簡単に言うけれど、俺は知っている。 人を好きになってしまったら、その人と今以上の関係になりたいという欲求が出てきてしまうという事を。 「コクっちゃえば?景、好っきゃで〜って」 「……自分、他人事や思うて適当に言うとったらあかんで?」 自分で蒔いた種だけど、これが前途多難な恋だという事は安易に予想がついた夜だった。

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